第88話 模擬戦 ~ローレンツ~


 お昼の休憩が終わったあと、再び模擬戦会場へと戻る。会場では午後の試合に備えての準備が行われていた。午前中に座っていた場所に戻り、会場を挟んで反対側の観戦席を見る。だがアルフォンスたちの一団はいない。一体あの少年と少女は何者だったのだろうか。


「ジークベルト……もしかしたらマインハイム王国の留学生……」


 観客席に座ったオスカーがはっと何かに気付いたように呟く。


「マインハイム王国?」

「ええ、近々マインハイム王国から留学生が来るらしいと聞いていたのを思い出しました。だけどまさかこんなに早い時期とは思いませんでした……」

「そうだったの」


 留学生……。アルフォンスが行動を共にするくらいだ。恐らくかなり高位の貴族、もしくは王族なのだろう。留学生ということは学園で会うことがあるかもしれない。食堂で会ったジークベルトの様子も何かが引っかかる。ルイーゼは微かな不安が胸に湧いてくるのを感じた。

 何試合かが終わったあと、いよいよローレンツの試合となった。ローレンツの相手は第二騎士団のフォルカー・ザンデルという騎士だ。体格はローレンツよりひと回り小柄だ。身長が百九十センチほどもあるローレンツを上回る体格の騎士はそうはいないだろう。

 試合開始の合図とともにフォルカーが飛び出す。利き手側から回り込むような進路を取るフォルカーに、ローレンツは体の軸を回転させてその刃を自分の剣身で受け止める。

 ガキーンという金属音とともに剣と剣が交じわる。だがそれも一瞬だった。ローレンツはそのまま強引に剣を右に払い、剣ごとフォルカーの体をはるか後方に弾いた。

 フォルカーは腰を低く落としていたのでバランスを崩さないままズズッと後ろにずらされ、地面にはその軌跡がありありと残っている。圧倒的な力の差を見せつけられたからか、フォルカーは愕然としている。

 そのまますかさずローレンツがフォルカーの間合いに駆け寄る。そして未だローレンツの剣を受けたままの姿勢で固まっていたフォルカーの剣を、自身の剣で下から弾き飛ばした。

 フォルカーの剣が空中高く舞い上がり、フォルカーよりも五メートルほど離れた後方の地面へと突き刺さった。そこで審判の判定が下る。


「勝者、第一騎士団所属、ローレンツ・バルテル!」


 審判の判定のあと会場が一斉に拍手に包まれた。ルイーゼも立ち上がって拍手をした。ローレンツはフォルカーに対して敬礼したあと、こちらを向いて再び敬礼した。もしかしてルイーゼたちに向かって敬礼をしてくれたのだろうか。そうだとしたら嬉しい。

 ローレンツがとても強いのは知っていたけど、直に観戦してみて今さらながらに感動してしまう。感動しているルイーゼを見てオスカーが少し興奮気味に告げた。


「ローレンツさんは騎士団に入団当初、他の騎士にお父上のバルテル騎士団長の七光りだと言われていたそうです。きっと誰にも何も言わせないよう、練習も人一倍重ねたのでしょう。今では彼を親の威光だという者は誰もいないと思います。元々の才能に加えて努力を積み重ねた実力は誰が何と言おうと本物です。僕はそんな彼をとても尊敬しているんです」


 オスカーの目がきらきらしている。そして熱い語りからはローレンツへの憧れが感じられた。そんなオスカーを見ているとなんだか甘酸っぱくてくすぐったくなる。優れた宰相を父に持つ立場として、何か共感するものがあったのかもしれない。

 そのまま午後の試合も滞りなく進行した。皆で模擬戦を観戦できてとても楽しかった。ローレンツとニーナの勇姿はとても素晴らしく、その姿は強く印象に残っている。屋敷へ戻ったあとも興奮冷めやらぬオスカーと、今日の試合について長い時間語りあかした。


 §


 翌日の昼休み、ルイーゼが一人で学園の渡り廊下を歩いていると、偶然アルフォンスと会った。アルフォンスはジークベルトと模擬戦で見かけた美少女の二人を連れていた。

 改めて近くでジークベルトと美少女を見ると、やはり顔立ちがよく似ていることが分かった。きっと血縁だろう。そしてあのときは座っていたから分からなかったが、少年は少女よりも頭一つ分は背が高い。今日は二人とも学園の制服に身を包んでいる。やはりオスカーの言う通り、二人は留学生だったようだ。

 ルイーゼが立ち止まって一礼すると、アルフォンスが声をかけてきた。


「やあ、ルイーゼ。元気そうだね」

「ご機嫌よう、殿下」

「丁度よかった。王子殿下、王女殿下、紹介します。こちらはクレーマン侯爵家のルイーゼ嬢です。殿下方と同じ学年になります。ルイーゼ、こちらはマインハイム王国のジークベルト王子殿下とテレージア王女殿下だ。どうかルイーゼも殿下方を手助けしてあげてほしい」

「承知いたしました。クレーマン侯爵家のルイーゼと申します。どうかよろしくお願いいたします」


 ルイーゼがカーテシーの礼で答えると、ジークベルトがニコリと微笑んで答えた。


「ルイーゼ嬢とは昨日のお昼に会ったね。昨日はご馳走様」

「恐れ入ります、殿下」

「やだなぁ、同級生なんだし、これからはジークベルトと呼んでほしい。こっちにいるのが双子の妹のテレージアだ。仲良くしてあげてね」


 ジークベルトとテレージアは双子だったのか。どうりで顔がそっくりなわけだ。


「承知いたしました。ジークベルト殿下」

「驚きました……。すでにお会いになってたんですね」


 昨日と変わらず気さくに話すジークベルトを見て、アルフォンスが驚いたように目を丸くする。一方ジークベルトに紹介されたテレージアが、ルイーゼに向かって柔らかく微笑んで話しかけてきた。


「テレージアと呼んでください。ルイーゼ、仲良くしてくださいね」

「承知いたしました。テレージア殿下」


 昨日、遠目に見たときも思ったが、改めて見てもうっとり見惚れてしまうほど美しい少女だ。腰ほどまで真っ直ぐに伸ばされたプラチナブロンドの髪はハーフアップに編み上げられ、アイスブルーの大きな瞳には長い睫毛が影を落としている。背はルイーゼと同じくらいだが、制服の上からでも分かる華奢な細い腕と白い肌が儚げな雰囲気を醸し出している。

 ジークベルトのほうはというと、その美しい顔立ちはテレージアとよく似ていて中性的といえる。だがテレージアと同じアイスブルーの瞳には意志の強さが感じられ、印象はまるで対極的だ。

 アルフォンスがテレージアに向かって提案する。


「王女殿下はルイーゼに学園内を案内してもらってはいかがですか? ルイーゼとは同じクラスだったと思いますので」

「まあ、そうなんですのね。ではよろしいかしら、ルイーゼ?」

「勿論です、テレージア殿下」

「殿下は要らないわ」

「テレージア様……」

「なんだかお友だちができたみたいで嬉しいわ。それではアルフォンス殿下、またのちほど」

「ええ、ご機嫌よう」


 テレージアの表情を見るとアルフォンスに向ける眼差しに仄かな熱が感じられて、ルイーゼは胸になんだかモヤモヤとしたものが広がっていくのを感じた。

 別れ際にジークベルトが言葉を投げかける。


「ルイーゼ、またあとでね」


 ジークベルトの言葉を聞いたアルフォンスの表情が曇る。「あとで」とはどういう意味だろう。ルイーゼは首を傾げながら、テレージアと二人で教室へと向かった。




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