第86話 模擬戦 ~ニーナ~


 騎士団の模擬戦を見るために、カミラとオスカーと三人で城へとやってきた。城の敷地にある建物の白亜の壁と屋根が陽の光を反射して眩く、その景観は荘厳で美しい。

 城の正門を入って真っ直ぐに進むと謁見室などがある王宮となるが、騎士団の練習場があるのは敷地の西側にある別の建物だ。そこには騎士の宿舎や練習場、そして騎士団の各師団の執務室などが集まっている。

 騎士館の中へ入ってさらに進むと、周囲の段差に長椅子が設置された練習場がある。試合場とはまた別で、観戦席の規模は簡素なものだが、模擬戦を見るのには十分な大きさだ。ルイーゼが到着したときにはすでに観戦席の半分が人で埋まっていた。


「差し入れはお昼前に控室に持っていけばいいかしらね」

「うん、いいんじゃない? 私まで来ちゃってよかったのかしら」


 カミラが苦笑しながら少し困ったように呟くと、オスカーが慌てて答える。


「勿論です! 大勢で応援したほうがローレンツ様もニーナ嬢も喜ぶと思います」

「そうですか……。では頑張って応援させていただきますね」

「はいっ」


 カミラがニコリと答えるとオスカーが頬を染めた。実に初々しい。

 予め貰っていた模擬戦の予定表によると、ニーナの試合が午前中に、そしてお昼の休憩を挟んでローレンツの試合が午後に行われるようだ。

 模擬戦と言われてトーナメント形式を予想していたが、全ての騎士は実力に応じて組み合わせが決められているらしい。ただ、実力のみの組み合わせで男女の区別はない。組み合わせは一体誰が決めたんだろう。各師団の団長だろうか。

 いくつか試合を見たあとにニーナの試合となった。相手は体格の大きな男性騎士だ。同格だから決められた組み合わせなのだろうが、どう考えても相手の騎士とは体格が違い過ぎる。一撃でも受ければ大怪我になってしまうのではないだろうか。ニーナのことが心配だ。


「第二騎士団所属、ニーナ・フェルステル。対、第三騎士団所属、ベルトルト・ダイスラー。位置について敬礼を」


 ベルトルトと呼ばれた騎士とニーナが位置について騎士の敬礼を交わす。模擬戦の武器は長剣で統一されているようだ。審判が敬礼を確認したのちに試合開始の合図をした。

 二人とも剣を構えてお互いを見据えたままじっと構えている。しばらく見合ったあとに先にニーナが飛び出した。相手の騎士は様子を窺っているようだ。

 ニーナは相手に直進したかのように見えたが、相手の間合いの直前で姿勢を一段と低くし、急に相手の利き手側に回り込んだ。

 ベルトルトは体格は大きいが、ニーナの動きに合わせて素早く反応した。即座に体を半回転させてニーナを警戒する。するとニーナは突然グンと屈み込んでベルトルトに足払いをかけた。体重の重そうなベルトルトに華奢のニーナの足が当たったところでびくともしないだろう。

 だが驚いたことにベルトルトの顔は苦痛に歪み、その巨体が傾いだのだ。ニーナの怪力のなせる業なのだろうか。

 倒れ込んだベルトルトの体を立ったまま跨ぎ、ベルトルトの首の頸動脈付近に剣の刃を当てる。そこで審判が試合終了の合図をして、ニーナの一本勝ちとなった。あっという間の出来事に会場はしばし静寂に包まれる。目の前の出来事が信じられないといったところだろう。

 だが会場はすぐに拍手に包まれた。呆気なくはあったが本当に見事な一戦だった。ニーナはニコリと笑ってベルトルトと握手をしてともに退場していった。ルイーゼは未だ興奮が冷めやらず、思わず呟いてしまう。


「ニーナ凄いわ……。強いのは知っていたけれど、あんなに体格差のある相手にあっさりと勝ってしまうなんて」

「本当ね……。今試合をしているのはかなり上位実力者のクラスなのに大したものだわ」


 カミラが模擬戦の予定表を見ながら答える。怪力なのは知っていたが、恐らくニーナは力だけでなく練習で戦技も磨いているのだろう。女性なのに凄い。


「ニーナ嬢の蹴りは重くて素早く、打撃面積が小さいからかなり鋭いのしょう。恐らくベルトルト殿はかなり痛い思いをしたのではないでしょうか」

「そうなんだ……」


 オスカーもかなり感心しているようだ。あんなに華奢で可愛い子が怪力だなんて、世の中には本当に不思議なことがあるものだ。

 ふと会場を挟んで反対側の客席に煌びやかな一団がいることに気付いた。ニーナの試合中にやってきたのか、今まで全く気付かなかった。

 その一団の中央にアルフォンスがいる。正式なものではない簡素な紺色の礼服に身を包んでいる。そしてその隣には、プラチナブロンドの髪を編み上げたとても美しい少女が座っている。少女はアルフォンスに向かって柔らかい微笑みを向けていた。




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