第85話 悪徳パン屋の真実


 屋敷に到着してしばらく経ったあと、オスカーと二人、サロンでテオパルトに話を聞いた。話によると『サンブレッド』についての内偵がほぼ終わったとのことだった。どうやら『サンブレッド』の内情はかなり真っ黒だったようだ。テオパルトは調査結果のみを淡々と報告してくれた。


「我が国は常々非常時の食糧として、主食となる小麦を大量に備蓄している。だが五年ほど経った小麦は飼料用として、畜産農家にほぼタダ同然の価格で払い下げられることになっている」


 小麦というのは本来きちんとした温度と湿度で管理すれば、かなり長期間に渡って保存できるものだと前世で聞いたことがある。だが幸いなことに、このルーデンドルフ王国では戦争や大きな災害が何十年も起こっていない。非常用の備蓄は保険程度のもので、維持管理にあまり経費を割けないとのこと。そういった実情もあって管理状態があまり良くないので、五年程度で家畜飼料として払い下げているのだという。


「一昨年と昨年二年間の備蓄払い下げの明細が紛失していて、行き先が分からなくなっていたのだ。ところが今回『サンブレッド』の内偵で、どうやら飼料用の古い小麦が経営者のヴィマーという男に流されていることが判明した」

「なんですって!?」


 テオパルトの説明を聞いて思わず驚いてしまった。オスカーも予想外の事実に驚きを隠せないようだ。


「備蓄食糧の払い下げは、法律で衛生管理の点から家畜飼料用のみとされている。『サンブレッド』はこの古い小麦をタダ同然で違法に入手し、これを小麦粉に加工してパンに使用していた。横流しをしていた役人はすでにこちらで身柄を確保して証言を得ている。畜産農家相手よりも高い価格で横流しをして差額を着服していたらしい」


 『サンブレッド』のパンの味気なさとパサパサした食感は技術面の問題だけではなかったということだ。管理状態の良くない小麦を使って商品のパンを作っていたなんて悪質すぎる。味以前の問題だ。


「違法に入手した小麦を使用したパンを一般に販売するのももちろん違法だ。ヴィマーが計画的に入手したことも分かっている。今夜のうちに役人が出向いて『サンブレッド』は営業停止の通達を受けるだろう。小麦以外の素材も経路が怪しい物があって、それに関しても現在調査中だ。ヴィマーは逮捕され、多額の罰金が科せられる。あの店にもはや未来はあるまい。ヴィマー名義で営業許可が再度下りることは今後ないだろう」

「そうですか……私、あの店のパンを食べてしまいましたわ」

「ま、まあ、今のところ食中毒の報告は上がっていないから、大丈夫じゃないか?」


 まあ食べてしまったものは仕方がない。国の食糧管理はきちんとしてもらいたいものである。腐っていたわけではないのだろうけど。

 お互いの報告が終わったあと、テオパルトにもお土産のクリームパンと芋アンパンを食べてもらった。どちらもかなり好評だったが、テオパルトは芋アンパンのほうが気に入ったらしい。


 そして明日は城にある騎士団の練習場で模擬戦が開催される。ローレンツの応援に行く約束をしているのだが、折角だし何か差し入れを持っていきたい。

 そこで、思い切って調理場に在庫のあったカボチャで、カボチャアンパンを作ってみることにした。


 パンは調理場にあった酵母で料理人のヤンに教えてもらいながら生地を作った。

 生地を一次発酵させている間にカボチャの餡を作る。まずカボチャの皮を剥いて茹でたものを裏ごしする。次に砂糖を入れて牛乳を加えながらちょうどいい硬さに練っていく。塩も一つまみだけ入れておくと甘さが引き立って美味しくなる。出来上がったらバットに取り出して冷やしておく。


 あとは一次発酵が終わった生地をガス抜きして分割する。丸めて三十分ほど休ませた生地で、予め分割しておいた餡を包んで成形する。あとは二次発酵をさせるだけだ。

 二次発酵の終わった生地に艶出しの卵液を塗って真ん中にパンプキンシードを三個並べる。カボチャアンパンは甘い上に栄養満点だ。きっとローレンツの疲れた体を癒してくれるだろう。最後にパンをオーブンで焼いて完成だ。


 §


 翌日朝早く起床して調理場でサンドイッチを作った。『ロイのパン』で買ってきた食パンをスライスして、ゆで卵を刻んだもの、トマトとチーズの二種を作ることにする。

 サンドイッチといえばマヨネーズだ。バターのみでも美味しいが、この世界でまだ一度も食べたことのないマヨネーズで作りたいと考えた。


「卵黄と酢とレモン汁と塩を混ぜ合わせて……」


 小さめのホイッパーでガーっと混ぜる。とにかく混ぜる。全体が混ざったらオリーブオイルを少しだけ加えて完全に混ざるまで攪拌する。これを繰り返して滑らかになったら出来上がりだ。油を一度に加えると分離しやすくなるので少量ずつ加えてしっかり攪拌しなければならない。


「手作りマヨネーズって美味しいのよね。粒マスタードは……ローレンツ様の好みが分からないからやめておいたほうが無難ね」


 個人的にはマスタードを付けたほうが断然好みだ。ただローレンツが辛い物が苦手だといけないので小瓶に分け入れて持ってったほうがいいだろう。

 スライスした食パンにバターを塗って、刻んだゆで卵をマヨネーズであえて挟む。もう一種類も同じようにバターを塗ってトマト、マヨネーズ、チーズの順に載せて挟む。


「つまみ食い……はやめておきましょう。このあとは朝食の時間だし……。うう、美味しそう、早く食べたい」


 ルイーゼは全ての準備を整えて、朝食を取るためにダイニングへと向かった。




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