第72話 悩めるカミラ


 アルフォンスの言葉に胸が苦しくなる。気持ちを曝け出してくれたアルフォンスに、自分の秘密を隠したままでいいのだろうかと悩んでしまう。フェアでないことは分かっているのだが、好色王の未来を受け入れることはできそうにない。

 モニカの証言を聞いた今のアルフォンスになら前世の話を信じてもらえそうな気もするが、受け入れる気がないのに事情を告げても、余計に混乱させてしまうだけではないのか。このまま好意がないという姿勢を貫いたほうがアルフォンスのためではないのか。様々な考えが交錯して心の中は相変わらずの堂々巡りだ。


「……殿下、少し私に時間をいただけませんか? お願いします」

「うん、分かった。待ってるよ」


 深々と頭を下げるとアルフォンスがふわりと笑って答えてくれた。そんなアルフォンスにモニカとのやり取りで気になっていたことを尋ねてみる。


「ありがとうございます……。それと殿下、少し気になっていたのですが、あの『真実の仮面』って王家の宝物ではないのですか? 使ってしまって大丈夫なのですか?」

「ああ、あれね。本物だったらかなり危険なものだから、王家でも持て余して宝物庫の奥に長年放置されてたものなんだよ。だけど面白そうだったから、幼いころにこっそり持ち出して、私室の壁に魔除け代わりに飾ってたんだ。効果に関しては半信半疑だったけど、まさか本物だったとはね。役に立ってよかったよ。陛下もなくなったことには気付いてないんじゃないかな。ハハ」

「そ、そうですか」


 ハハって……。「ばれたらばれたで別に構わない」と笑うアルフォンスの軽い返しを聞いて、壁に飾っていたときに何事もなくて本当によかったと胸を撫で下ろす。懲罰室から出て廊下を歩いている途中で、ずっと黙り込んだまま話を聞いていたオスカーが口を開いた。


「そういえば姉上、今日は製菓クラブは大丈夫なのですか?」

「ええ、遅れるのは連絡済みよ。多分もう皆活動を始めているわね。私も今からクラブへ行くつもりよ」

「そうですか。……あっ、あのですねっ。実は今日の昼休みにカミラ嬢を見かけまして」

「カミラを?」

「はい。僕が見たときは渡り廊下の柵に凭れて何か考え事をしているようでした。その様子が少し落ち込んでいるように見えたので、何かあったのではないかと思いまして……」


 要は心配だから事情を聞いてほしいということだろう。頬を染めて話すオスカーが可愛くて、ついニヤけてしまう。そんなルイーゼの顔を見てオスカーがキッと睨む。


「な、なんですか!」

「いいえ、ごめんなさい。元気がないようだったら私から聞いてみるわ。カミラのことが心配なのね」

「それは、姉上の大切なご友人ですから……」

「そう、オスカーは優しいのね。ありがとう」


 もごもごと言い淀むオスカーがとんでもなく可愛い。それにしてもカミラが落ち込んでいたというのが気になる。ルイーゼたちの会話を聞いていたアルフォンスがニコリと笑って話す。


「君たちはなんだか以前よりも仲良くなったよね。羨ましいな。妬けるよ」

「そ、そうですか?」


 仲が良くなったのは自覚していたが、改めて言われるとなかなかに恥ずかしいものがある。アルフォンスの微笑まし気な眼差しに頬が熱くなってくる。オスカーは依然赤いままだ。姉弟並んで赤くなっているのを想像すると、なんだか恥ずかしくて居心地が悪い。アルフォンスはそんなルイーゼたちを見て眩しそうに笑みを深めた。

 そのまま三人で移動し、一階の調理室の前でアルフォンスとオスカーと別れた。扉を開けて調理室へ入ると、予想通りすでにお菓子作りの最中だった。オーブンからお菓子の焼ける甘くて香ばしい香りが漂ってくる。スモックを身に着けたあと、近くにいたカミラに尋ねた。


「こんにちは。遅くなってごめんなさい。今日は何を作っているの?」

「あら、ルイーゼ、こんにちは。今日はカップケーキよ」

「まあ! とても美味しそうな匂いね。ほとんど参加できなかったけど少しだけ味見させてもらってもいいかしら」

「当り前じゃない。一緒に食べましょう」


 明るく答えるカミラの様子を見ると、特に落ち込んでいるようには見えない。オスカーの思い過ごしなのではないだろうか。

 お菓子が焼き上がったので、ミトンを付けて天板を取り出す。最後くらい働かなくてはとはりきって動いた。辺りに漂う甘い香りにお腹が鳴りそうだ。

 天板の上に並ぶカップケーキは前世にあったような紙の型で焼いたものではなく、それぞれが金属の小さな丸いカップ型を使って焼いてあった。カップケーキを丁寧に型から外して皿に盛り付けていく。生地だけのプレーンなものと、ドライフルーツが入ったものと、アーモンドがトッピングしてあるものの三種類だ。どれも美味しそうで、それぞれの味を想像してワクワクする。そしてその見事な出来栄えに思わず賛辞の言葉が零れ出す。


「とてもいい香り……。綺麗に膨らんで見た目も美味しそうだわ」

「そうでしょう! 私たちの自信作よ。ルイーゼも召し上がれ」

「ありがとう!」


 ルイーゼの言葉を聞いてカミラが嬉しそうにお菓子を勧めてくれる。皆がテーブルについて各々がカップケーキを口にする。冷えても美味しいが、焼きたては格別に美味しい。ふわふわでとても柔らかいのだ。ルイーゼはやはりドライフルーツ入りのものが一番好きだと思った。


「美味しいわ! カミラはどれが一番好きなの?」

「……」

「……カミラ?」

「あっ、ごめんなさい。私はプレーンが一番好きかしら」


 一瞬ぼーっと考え込むカミラを見て、オスカーの言葉を思い出す。やはり何か悩み事があるのではないだろうか。後片付けが終わったら聞いてみよう。話したくなさそうだったらそっとしてあげればいい。

 今日は王宮に用事があると言っていたのでオスカーは来ない。試食が終わったあと後片付けを済ませて、カミラと二人っきりになったのを見計らって話しかける。


「カミラ、何かあった?」

「えっ! どうして……?」

「なんだか元気がなさそうだから……」

「あ……ごめんなさい」

「ううん、話したくなければ話さなくていいけれど、貴女さえよかったら何を悩んでいるのか聞かせてほしいな」

「ルイーゼ……」


 カミラはルイーゼの言葉を聞いてしばらく俯いて逡巡したあと、小さく頷いてゆっくりと話し始めた。




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