第63話 尋問 (アルフォンス視点)


 土曜日に二人で話してからアルフォンスはルイーゼのことをずっと考えていた。ルイーゼに好意はないと告げられた。口では諦めないと言ったものの正直堪えた。変わらずに好きでいてくれるなどと、どうして思えたのだろうか。あれだけ冷たい態度を取っていれば、いつ愛想を尽かされてもおかしくないだろうに。

 今日の昼休みはルイーゼがローレンツと二人で話しているところを偶然見かけた。この間のように強引に手を引いてどこかへ連れ去りたい衝動に駆られた。だが好意のない相手にそんなことをされるのは恐怖でしかない。動きたくても動けない。結局会釈のみを交わしただけで、そのまま立ち去ることしかできなかった。

 放課後オスカーがルイーゼを迎えにいったあとも、しばらく教室で自分の席に座ったまま一人煩悶していた。そろそろ城へ戻るかと立ち上がったところでオスカーがやってきた。廊下を走って来たのか少し息を切らしながら照れくさそうに話す。


「殿下、製菓クラブで姉上たちが作ったチーズケーキをお持ちしました」

「わざわざ俺に持ってきてくれたの?」

「甘いものでも食べれば少しは元気が出るかと思いまして……」

「そう、ありがとう。今ルイーゼは?」

「馬車で待っています。すぐに戻ると言ってきたのでもう行きます」

「待って。お礼だけでも言いにいくよ」


 ルイーゼに対するアプローチの選択肢は少ない。好意を持たれていない相手にされても不快にならない程度のことしかできない。僅かな機会でもルイーゼと話したいと思った。あわよくばローレンツと何を話していたかも聞けるかもしれないし……。

 オスカーと一緒に学舎の入口に到着すると、オスカーが驚いたように目を瞠り、侯爵家の馬車に駆け寄る。御者席に誰もいないことに違和感を感じて、嫌な予感に襲われる。オスカーが馬車の扉を乱暴に開けて中を見たあと、真っ青な顔で呟いた。


「なんてことだ……姉上は、どこだ」

「おい、オスカー! ルイーゼは?」

「いません……。ほんの五分ほどしか離れていないのに」

「君は馬車の周辺を探せ。御者がいたら何か聞けるかもしれない。俺はあの女を探す」

「分かりました」


 オスカーが悔しそうに歯噛みしながら馬車の周囲の捜索を始めた。御者も襲われたのならその辺で拘束されているか意識を奪われて放置されている可能性が高い。

 アルフォンスはそのまま踵を返し、学舎内の捜索を始める。ルイーゼが何かされるとしたら、首謀者として真っ先に思いつくのはモニカだ。まだそんなに時間が経っていないなら、一刻も早くモニカを捕まえて白状させるのが手っ取り早い。

 廊下を歩き回り、すれ違う学生にモニカを見ていないか尋ねる。そして何人目かでモニカが教室にいるのを見かけたという情報をようやく得ることができた。すぐにモニカの教室へ向かうと、自分の席で帰り支度をするモニカの姿があった。つかつかと近づきモニカに声をかける。


「モニカ嬢、少し聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


 そう声をかけるとモニカが頬を染めながらぱぁっと笑みを浮かべて嬉しそうに答える。


「アルフォンス様、お久しぶりです! お会いしたかったんです。最近全然会ってくださらなかったから……」

「ああ、ごめんね。ところで君、ルイーゼ嬢を見なかったかい?」


 ぴくりとほんの一瞬モニカの笑顔が固まったのを見て確信する。モニカはルイーゼの行方を知っている。そう確信した瞬間、胸が怒りで満たされるのを感じた。


「いいえ、存じ上げませんわ。それよりも、ねえ、アルフォンス様。あんなビッ……ふしだらな女性よりも、私のほうが一途にアルフォンス様だけをお慕いしていますのよ。だから私と……」


 しなを作りながら擦り寄ってくるモニカに手を伸ばし、優しくその頬を包む。モニカが嬉しそうにうっとりと頬を染める。そしてアルフォンスは艶然と微笑みながらモニカに告げる。


「モニカ嬢、俺は結構気が短いんだ。君の気持ちなんてどうでもいい。本当のことを言わないと……」


 モニカの頬をするりと撫でながら伸ばした手を顎へ下ろし、そのまま首元へと持っていく。そして笑みを深めながらモニカの首を撫で、そして手を広げて優しく喉を圧迫する。


「俺は君を殺してしまうかもしれない。処分を待つのももどかしい。王位継承も外聞もどうでもいい。俺は大事なもの以外は全て簡単に捨てるよ」

「ひぃっ……」

「君が大好きな男漁りも、命あってこそだよね。死んだら誰も愛せないもの。ルイーゼに傷一つでも付けたら一瞬も躊躇せずに君を殺すよ。処分を待つまでもなくね」


 ルイーゼが危険な状況にあるかもしれない焦りが確かにあるのに、頭だけは妙に冷えている。助けるためには冷静な判断が必要だと無意識に考えているからかもしれない。ルイーゼを見つけるにはモニカの口を割らせるしかない。ここからの手順は一つも間違えてはいけない。慎重に、だが迅速に事を進めるべきだ。

 今や目の前の女は瞬きもできずに目を見開いたままアルフォンスを凝視し、恐怖に打ち震えてがちがちと歯を鳴らしていた。そして震える声でゆっくりと話し始めた。




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