第55話 彼女を守るために (アルフォンス視点)
午後の授業が終わった。アルフォンスは昼休みのランチを思い出し、ルイーゼの本心を聞き出せなかったことに肩を落とす。はっきり尋ねなかったアルフォンスも悪いのだが、執着し始めている気持ちを知られて逃げられることを恐れた結果だ。我ながら不甲斐ない。
放課後教室に来たオスカーに、ルイーゼをランチに誘ったことを話した。オスカーは酷く驚いていた。そのまましばらく雑談していると、焦ったような様子の少女が教室へ入ってきた。下級生だ。名前は確か……カミラ・ディンドルフ嬢だ。ルイーゼと同じ製菓クラブの部員だったはずだ。
カミラはアルフォンスを視認すると目を丸くしたあとに一礼し、オスカーに話しかけた。どうやらオスカーに用事があるようだ。随分探したようで呼吸が乱れている。カミラはちらりとこちらを見て、若干話しにくそうに口を開いた。
「クレーマン様、ルイーゼ……様のことでお話が……」
カミラの言葉を受けちらりとこちらを気にしたあと、オスカーが続きを促す。話の内容はルイーゼの件らしいが今さら場所を変えると怪しまれると思ったのだろう。
「オスカーで結構です。カミラ嬢……ですよね? 何かあったのですか?」
「実はルイーゼ様が、恐らく故意に水をかけられてしまいまして、今保健室でシャワーを浴びているのです。着替えがないのでどうか使用人の方にでもお伝えいただいて、彼女の着替えをお持ちいただけないでしょうか?」
「水をかけられた……? 誰にですか?」
「それは……まだ分かりません。二階からかけられたようなのですが」
オスカーとカミラの会話の中でルイーゼに悪意を持って水をかけた事実を聞いて、思い当たる人物が頭に浮かぶ。モニカ・トレンメル男爵令嬢。悪意がルイーゼに向かないように嘘と分かっていても受け入れた振りをしていたというのに、逆効果だったかもしれないと後悔する。恐らく今日ランチを二人で取った事実でも知られてしまったのだろう。最近モニカの誘いをずっと断っていたから。そう考え、アルフォンスは横からカミラに話しかける。
「たぶんそれは俺のせいだと思う。カミラ嬢、頼みがある」
「えっ!?」
突然話しかけられて驚いているのだろう。カミラが目を丸くしている
「ルイーゼ嬢は恐らく嫌がらせをされているのだと思う。彼女に気を付けてあげてくれないか? 守れとまでは言わないけど、なるべくルイーゼ嬢を一人にしないようにしてほしいんだ」
「え、殿下がなぜ……?」
「……婚約者候補の一人だし、オスカーの大事な姉弟だから。できれば、その……不埒な輩にも気を付けてくれると嬉しい」
「は、はあ……。承知しました。殿下に仰られるまでもなく元よりそのつもりですわ。ご心配なさらなくても大丈夫です」
「そう、ありがとう」
にこりとカミラに微笑み礼を言うが、全く頬を赤らめる様子がない。自惚れるわけではないがアルフォンスの周囲にいた令嬢は大体微笑めば頬を染めていた。カミラの反応を見て、今まで貴族令嬢を一括りにして考えていたのは間違っていたのかもしれないと思った。
不思議そうにアルフォンスとカミラのやり取りを見ていたオスカーが口を開く。
「カミラ嬢の仰ったことは分かりました。急ぎ使用人に姉の着替えを手配させましょう」
「助かります。それでは私はこれで失礼します」
カミラはアルフォンスとオスカーにそれぞれ一礼して教室を出ていった。ルイーゼに害が及んでいる現状に胸がざわめく。どうすればルイーゼを守れるだろう。だがルイーゼに気持ちを悟られたくはない。そこで一つの結論を出す。
オスカーが訝しそうにこちらを見る。いつもと違う言動を不審に思ったのだろう。
「殿下、急にどうしたのですか? 今まで姉に関心を持っていらっしゃったようには思えませんが」
「以前はそうだったのかもしれない……。だけど少なくとも今はルイーゼ嬢に対して……好意を持っている……んだと思う」
「ふむ…………はぁ!?」
予想外の答えに驚いたようで、オスカーが目を丸くする。ある程度は怪しまれていると思っていたのだが。
「なぜ急にそんな……」
「ルイーゼ嬢が俺を助けてくれたという事実を知ったんだ。そのせいで怪我を負ったことも。そして君とモニカ嬢が持っていたクッキーは、ルイーゼ嬢が作ったものだということも知った。悪いとは思ったけど君の屋敷で確かめさせてもらった……。なぜ君たちが隠すのかは分からないけど」
「……すみません。それは僕の口からは……」
「いいよ。そして今話した俺の気持ちをまだルイーゼには言わないでほしい。その代わり君たちが隠す理由も今はまだ聞かないし、仲を取り持てとも言わない。ただ俺は表立って動けないから、代わりにルイーゼ嬢を守ってほしいんだ。悪意や……不埒な奴から」
「……分かりました」
アルフォンスとルイーゼの板挟みになり、これからはオスカーを悩ませてしまうだろうと予想するが、そこは許してほしいとしか言えない。身動きが取れなくて初動が遅れることで、ルイーゼの身に何かあったらと思うと怖い。そう考えてオスカーに打ち明ける決心をしたのだ。
それにしても、ルイーゼ嬢は今シャワーを浴びているというが、帰りの馬車に乗り込むまでの間、あの素顔を晒して歩くのかと思うと気が気でない。そんな自分の狭量さを再認識し、自嘲してしまった。
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