第46話 オスカーの糾弾


 放課後の調理室で、蒼褪めるモニカを前にオスカーが告げる。オスカーの眼差しは氷のように冷たい。


「それとちょうどいい機会なので、もう一つ貴女に言いたいことがあります」


 もはやモニカは何を言われるのかとびくびく怯えているようだ。オスカーに指摘された内容に全て図星を突かれたからだろう。そんなモニカにオスカーは話を続ける。


「貴女は昨日、姉に対して水をかけましたね」

「えっ……私がそんなことをするわけないじゃないですか!」

「では貴女は水を捨てたりはしていないと?」

「ええ、もちろんですわ!」

「おかしいですね。貴女が二階の窓から狙いすましたように水を捨てるのを見ていた者がいるのですが」

「えっ!」


 再びモニカの顔色が蒼褪める。目撃者がいるならもはや言い逃れはできないだろう。


「貴女はそれでもやっていないと? なんなら目撃者を全員・・ここへ呼びましょうか?」

「待ってください! 思い出しました。お掃除をしていたお水をうっかり二階から零してしまったのです」

「ほお、うっかり・・・・? 放課後は掃除の時間でもないですし、掃除は学園が専門職のものに依頼しているので学生自らはやりませんよね」

「えっ……」

「しかも腰の高さよりも高い窓からうっかり溢すものですかね、大量の水の入ったバケツを持ち上げて」

「それは……」


 モニカはもはや何と返してもいいか分からないようで言葉を失っている。完全に論破されている現状で、これ以上言い募るのはぼろを出してしまうだけだろう。

 そんなモニカにオスカーはさらに畳みかける。


「貴女のやったことは退学になってもおかしくはない。男爵家の令嬢が侯爵家の令嬢に危害を加えたのですから。それがなくとも王太子殿下に対する虚言のことが伝われば不敬罪で捕縛されてもおかしくはないんですよ」

「そんな……」

「今から言う約束を守っていただければ、僕は貴女のやったことには口を閉じていましょう」

「どういった約束でしょうか……」

「今後一切姉には手を出さないと誓っていただきたい。そして二度と姉に接近しないでください。このクラブにも退部届を出してください。その誓いを破ったら全力で貴女の家ごと叩き潰します。勿論殿下にも全て話します」

「……分かりました。誓います」

「謝罪を」

「ルイーゼ様、皆様、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 オスカーに促されたモニカがゆっくりと頭を下げた。そんなモニカに対して皆何も答えない。そして頭を上げたモニカの目がルイーゼを捉える。その目にはどことなく掴み切れない感情が見えて、不気味さを感じさせた。

 謝罪を済ませたあとモニカはすごすごと調理室を出ていった。張りつめていた空気が一斉に緩む。オスカーがほっと胸を撫で下ろすのを見て労わずにはいられなかった。


「オスカー、ありがとう。なんだか安心したわ。モニカさんが何をするか分からなくて、ちょっと怖かったの」

「いえ、お役に立てて何よりです。それにモニカ嬢の行動は目に余るものがあったのでこれ以上看過できないと思ったのです。出過ぎた真似をしてすみません」


 そう言ってにこりと微笑むオスカーにカミラが声をかける。


「とんでもないですわ、オスカー様。お陰様ですっきりしましたわ。製菓班一同、モニカさんのことを持て余してどう対応していいか分かりませんでしたの。ありがとうございます」

「えっ……いや……」


 カミラの笑顔と心からの謝礼をオスカーが片手で制し頬を染める。そんなオスカーを見て微笑ましくなり、心から幸せになってほしいと願った。

 折角だし私の分のシュークリームをオスカーに食べてもらおうと思い、勧めてみる。


「オスカー、これ食べて。今日作ったの。シュークリームっていうのよ」

「シュークリーム……」


 オスカーがゆっくりと皿に盛りつけたシュークリームに手を伸ばし、一つとって口へと運ぶ。そして口に入れてゆっくりと咀嚼したあと目を丸くして驚く。


「姉上、これとても美味しいです! ふわふわで中のクリームが甘すぎなくて……美味しい!」

「喜んでくれて嬉しいわ!」


 オスカーの美味しいと喜ぶ顔を見て嬉しくなる。そんなオスカーに先ほどモニカに言っていた目撃者のことが気になり尋ねてみる。


「それにしても目撃者なんていたんだ?」

「いえ、はったりですよ。複数いると言えば言い逃れできないでしょう」


 ルイーゼの問いにオスカーがけろっとして答える。どうやら目撃者はいなかったらしい。流石オスカー、ナイスはったりである。

 製菓班の皆もそれぞれシュークリームを手に取り口にし始めた。


「カスタードクリームがすごく美味しい!」

「なにこれふわふわ。初めての食感ね!」

「一口食べるとフシューとなってクリームがとろりと広がるのが堪らないわ」


 皆の口から零れ出る思い思いの感想にたくさんの幸せが詰まっている気がする。笑顔と喜びの声でこの空間が幸せで満たされる。お菓子作りは自分で食べるのもいいが、作ったお菓子を食べて喜んでもらう顔を見るのが何よりも嬉しいのだ。

 ふと今夜のお菓子作りのことを思い出し、オスカーに話しかける。


「オスカー、明日殿下が我が家へいらっしゃるみたいだから、夜のうちにまたクッキーを作っておきたいの。いらっしゃるときは作りにくいから」

「ああ、そうですね。そのほうがいいでしょう」

「それでね、多分小麦粉が足りないの。屋敷に戻ってから使用人に買ってきてもらうと遅くなっちゃうし、帰りに街の食料品店へ寄ってもいいかしら」

「いいですよ」


 オスカーと買い物についてやり取りしていると、突然ニーナがか細い声で話しかけてきた。


「……あの、街へお買い物に行くなら私もご一緒していいですか? 買いたい物があるので……。それにいろいろとお役に立てるかもしれませんし……」

「ええ、いいわよ。一緒に行きましょう」

「ありがとうございます!」


 にっこり笑って了承すると、ニーナが恥じらうような笑顔を見せた。妖精とはむしろニーナのような少女を指す言葉ではと、ニーナの笑顔の清廉さに思わず目が眩む。

 そして帰りにオスカーとニーナと三人で王都の街で買い物をして帰ることになった。




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