第41話 アルフォンスの用事


 金曜日の昼休み、中庭でギルベルトとリタと三人で、新しい魔道具についてランチ会議をしていた。ようやく一段落ついたところで突然後ろから声をかけられて、ルイーゼは驚いてしまう。


「ルイーゼ」

「で……アルフォンス様?」


 いつものように艶然とした表情を浮かべてはいるが、アルフォンスの肩が上下しているように見える。突然の乱入に唖然としていると、ギルベルトに握られていた手を、突然アルフォンスに取られて引っ張られた。強引ではあるが丁寧に扱われたので手首の怪我は痛まなかった。

 とはいえ、今までにアルフォンスに手を握られた経験など、幼いころ我が家の庭で指パクされたとき以来一度もない。アルフォンスの突然の行動に顔が熱くなると同時に混乱する。


 ふとギルベルトとの話が途中だった現状を思い出し、アルフォンスへ向けていた視線を慌ててギルベルトへと戻す。するとギルベルトもどうやら突然の出来事に驚いていたようで、唖然とした様子でアルフォンスを見ていた。そんなギルベルトに申しわけなくて口を開こうとすると、ルイーゼの発言を遮るかのようにアルフォンスが話し始める。


「ルイーゼ嬢……話が、あるん、だけど……ちょっと、いいかな?」

「お話、ですか?」

「うん」

「承知しました」


 王太子殿下に『いいかな?』と言われて断れるはずもない。途中退席してしまうのを申しわけないとは思うものの、行かないわけにはいかないのでギルベルトとリタに暇を告げる。


「ギルベルトさん、リタ、ごめんなさい。私はこれで失礼します。あとはよろしくお願いします」

「あ、ああ、分かった。また連絡する」

「ルイーゼ、またね」


 頭を下げて告げられたルイーゼの言葉に、二人は若干心配そうな表情を浮かべつつ応えた。ルイーゼはというと、もうすぐ魔道具ができるとうきうきしていた気持ちから一変して、突然のアルフォンスの登場で心が緊張感に支配される。

 どう対応しようかと考えながら再びアルフォンスのほうへ向き直って気付いた。アルフォンスの表情はいつも通り平然としてはいるが、肩が上下しているだけではなく、こめかみに汗が滲んでいたのだ。走っているところを見たわけではないのでなんとも言えないが、もしかして息切れしているのを懸命に隠しているのだろうかと思った。そして何かあったのではないかと心配になってしまう。


 大股で歩くアルフォンスに手を引かれ、若干小走りになりながらついていく。いつになく強引な様子に、自分は何かしてしまったのだろうかと不安な気持ちが大きくなる。そのまま中庭から離れて渡り廊下を一つ越え、渡り廊下の側にある花壇の所まで連れていかれた。もう中庭からはだいぶ遠ざかって、ギルベルトとリタの姿は見えなくなっている。

 そして急な出来事に動揺するあまり忘れてしまっていたが、アルフォンスと手を繋いでいるという現状を認識して顔に熱が集まり出す。そして花壇の側でようやく立ち止まったので、思い切って事情を尋ねてみた。


「アルフォンス様、何かあったんですか? 随分と息が……」


 するとアルフォンスがこちらへ振り返って答える。アルフォンスは表情に若干の不機嫌さを滲ませていた。アルフォンスの顔を見てさらに不安が大きくなる。


「いや、大丈夫。何もないよ。それにしても、随分彼らと、親しいんだね」

「ええ。今、ギルベルトさんとリタとは一緒に取り組んでいることがありまして」

「取り組んでいること?」


 アルフォンスに問いかけられるが、自分がお菓子を作っている事実など言えるはずもなく。かといって魔道具のことをギルベルトとリタに口止めしているわけではないので言葉の選択に詰まる。下手にごまかしても、この先魔道具の話がアルフォンスに伝われば、なぜ隠したのかと追及されるかもしれない。別に悪い事をしているわけではないのだから隠す必要はないかと考えた。


「ええ、魔道具についてちょっと……。ところでアルフォンス様、お話とは?」

「あ、ああ。ルイーゼ嬢、その、この間君の屋敷で貰ったクッキーなんだが」

「はい」


 ルイーゼの問いにアルフォンスは笑みを浮かべて答える。ようやく息が落ち着いてきたようで、表情にも余裕が戻ってきた。いつもと随分様子が違ったので、本当は一体何があったのだろうと不安になる。だがアルフォンスが何も言うつもりがないのなら、これ以上追及するのは止めておいたほうが賢明だろう。


「美味しかったよ。君の家の料理人にお礼を伝えておいてくれないか?」

「はい、オスカーからも聞いています。アルフォンス様のお気持ちは料理人にすでに伝えてありますのでご心配いりませんわ。お心遣いありがとうございます」

「ああ、そう」


 ルイーゼが礼をとるとアルフォンスが顔を逸らして何かを考え込んでいるように見える。アルフォンスの様子を見て、こめかみの汗を拭いてあげるべきかどうか悩んでしまう。嫌われ作戦的には押すべきところなのだろうかと考える。きっとアルフォンスは突然のスキンシップを厭うはずだ。でも分かっていて他人の嫌がる行為をするのは人としてどうなのかと思わなくもない。

 考えあぐねた結果、『ままよ』と懐からハンカチを取り出し、笑顔を浮かべながらそのこめかみに手を伸ばした。


「殿下、汗が……」

「あ、ああ、ありがとう」


 するとアルフォンスが見たことのないようななんとも判断のつかない表情で、避けもせずに大人しくされるがままになっているではないか。しかもルイーゼがハンカチをこめかみに当てているとき、ほんのり頬を染め、なんだか嬉しそうな笑みまで浮かべてこちらを見つめていた。

 そんなアルフォンスの反応を見て、アルフォンスの笑顔は社交辞令としての対応なのだろうかと予想する。それともルイーゼは選択を失敗してしまったのだろうか。今の行動は是なのか否なのか。そんな考えがぐるぐると頭の中を駆け巡り、ルイーゼは正解が分からなくなってしまった。




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