第39話 二人目の協力者


 放課後の調理室にて。『冷蔵庫』という言葉を聞いて身を乗り出してくるリタに、昨日ギルベルトと話した『食材を冷やせる魔道具』のことを告げる。するとリタは、アイスブルーの目をきらきらと潤ませながら訴える。


「ルイーゼ! お願い、私にも手伝わせて! 魔法のことはあまり分からないけれど、断熱効果のある素材については私にも協力できそうだわ!」


 そう言い募るリタについてカミラが説明をしてくれる。


「ルイーゼ、もしその魔道具の完成を急ぐならリタに協力を頼むといいわよ。彼女は科学知識の深さと量においては先生たちも舌を巻くほどなの。科学実験をしたいがためにこの製菓クラブへ入ったようなものだもの」

「そうなのね! 助かるわ、リタ。こちらこそよろしくお願いします」

「ありがとう、ルイーゼ!」


 リタはルイーゼの言葉を聞いて、それはもう嬉しそうに破顔する。リタの笑顔の美しさといったら女神レベルだ。リタの笑顔を見てルイーゼも嬉しくなる。そして冷蔵庫の完成にも光明が差したことで心がさらにうきうきしてきた。冷蔵庫の実現でお菓子作りの幅が広がると。

 魔道具のことを話しているうちに、ようやくプリンが出来上がったようだ。焼き上がったプリンをオーブンから取り出し、熱を冷ますためにプリンの容器を冷水に晒す。が入っていないといいのだけどと思いながら、プリンの容器の一つを手に取って細い串を刺してみる。串に生地が付かないところを見ると、どうやら中までしっかりと固まっているようだ。


 『が入る』とは卵や豆腐を加熱しすぎたときに中の水分が外へ抜けないために、気泡を中に含んだまま固まってしまった状態のことだ。ああなると、食感が重要なファクターであるプリンの舌触りが、酷く悪くなってしまう。やっぱりプリンは滑らかでつるりとしていないといけない。

 ルイーゼは串を刺したプリンの表面をチェックしてみる。表面的にはが入っている様子は見えない。入っていると表面にも歪な凸凹ができるのでなんとなく分かる。どうやら上手くいったようで安堵する。もし中にができてしまっているようなら、次回からもう少し温度を下げるなり時間を短くするなりして調整する必要がある。

 バニラの甘い匂いを嗅いでいると徐々に食欲がそそられてくる。ようやく食べられると胸がわくわくする。製菓班の皆も一様にきらきらと期待に満ちた目で見ている。


「一人二個ずつありますからね。気に入ったら自宅でも作ってみてね」

「「「はーい!」」」


 ルイーゼの言葉に満面の笑みで応える製菓班の面々。出来上がったプリンを懸命に皿に載せようとする者、カップのままスプーンで食べようとする者、それぞれのやりかたでプリンを食べようとしている。リタはというとプリンを解体してを探しているように見えるが、きっと気のせいだろう。


「フルフルしてすごく美味しいわ!」

「本当に! こんな食感初めてよ!」

「甘くて美味しい。それにいい香り……」

「残念。は見つからなかったわ」


 各々が感嘆の声をあげる中、見当違いの感想も混じって聞こえたが聞かなかったことにする。ルイーゼはプリンを食べながらリタに尋ねてみる。


「リタ、明日の昼休み、よかったら私と一緒に魔道具製作の打ち合わせへ行かない?」

「ええ、喜んで!」


 リタがぱぁっと満面の笑みで答える。よほど楽しみなのだろう。そんなふうに和気あいあいと皆でプリンを食べていると、突然後ろから声をかけられる。


「姉上」

「っ……! オスカー?」


 声のほうへ振り返ると調理室の入口にオスカーが立っていた。オスカーが調理室へ来たことなど今までなかったので、少し驚いてしまった。早速来訪の理由を尋ねてみる。


「一体どうしたの?」

「実はカミラ嬢から連絡をいただきまして」

「連絡?」


 オスカーが真剣な顔で応える。カミラが連絡とはどういうことだろうと思わず首を傾げる。すると、オスカーの言葉を受けてカミラがゆっくりと口を開いた。


「保健室でルイーゼがシャワーを借りている間に、オスカー様に連絡させていただいたの。帰るときもスモックじゃ目立つでしょう?」

「カミラ嬢には感謝します。お陰で屋敷から姉上のジャケットを持ってきてもらうことができました。ありがとうございます」

「いいえ、気にしないでください」


 カミラがにこりと笑うとオスカーがカミラの笑顔を見て一瞬固まったように見えた。一体どうしたのだろうかと不思議に思う。カミラはオスカーの反応には全く気づいていないようだが。


「オスカー、よかったらプリン食べていかない? 私の分がもう一個余っているから。カミラ、ここで一緒に食べてもいいかしら?」

「ええ、いいわよ。オスカー様、ごゆっくりなさってくださいね」

「あ、ありがとうございます」


 頬を赤く染めるオスカーに、『もしかしたら』とは思うものの、オスカーのほうから何か告げるまでは聞かないでおく。


「っ……! 何だ、この美味しさは!」

「美味しいでしょ」


 プリンの美味しさにオスカーは感動しているようだ。オスカーの表情を見てとても嬉しくなり思わず笑み溢れてしまう。やはり美味しいものは皆を幸せにするのだなぁとしみじみと思う。しばらくしてプリンを食べ終わったあと、遅れてしまったお詫びに洗い物をすると皆に伝える。


「オスカーはどうするの?」

「ここで姉上を待っています。その……姉上に水をかけたのって誰だったんですか?」

「それは……」


 オスカーの質問に何と答えていいものかと言い淀んでいると、突然カミラが話し始める。


「モニカさんみたいです。本人は否定していましたけど、十中八九間違いないと思いますわ」

「そうですか。僕も貴女の言う通りだと思います……」


 少し怒ったように説明するカミラの言葉を聞いて、オスカーが指を顎に当ててしばし考え込む。そして顔を上げてルイーゼを見て真剣な表情で話す。


「姉上、洗い物が終わるまで待っていますから、一緒に帰りましょう。しばらくはあまり一人では学舎内を歩かないようにしたほうがいいですね。帰りは僕が一緒に帰りますから」

「わ、分かったわ……。クラブが終わるまで待ってもらうことになるけどいいの?」

「ええ、構いません。でないと……」

「でないと?」

「……いえ、それじゃここに座って待ってますね」

「え、ええ、ありがとう」


 なんだかオスカーの様子がおかしい。こんなに過保護な子だったかしらと不思議に思う。最後の洗い物はカミラも手伝ってくれた。カミラが遅れたのはルイーゼのせいだから一人でやると言ったのだが、『いいから』とにっこり笑って手伝ってくれた。

 そしてオスカーと帰りの馬車に乗っているときに、ずっと何か言いたそうにしているのに気付いたのだが、言い出せないようだったので無理に追及することもしなかった。カミラのことかしらと思ったりもしたけれど、オスカーのほうから打ち明けるのを待つことにした。


(そういえば、殿下に見つからなくてよかったわ……。見つかったところでどうなるとも思えないけれど、念のために婚約者が決まるまでは、ね)


 そんなことを考えているうちに屋敷へと到着した。結局最後までオスカーから何が言いたかったのかを聞くことはできなかった。




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