第25話 クッキー爆弾 (オスカー視点)


 モニカがクッキーを持ってきた翌日の放課後のこと。アルフォンスの教室で、窓の外を眺めながら何かしら考え込んでいるアルフォンスの傍で、オスカーは昨日のことを思い出して煩悶していた。


 本当にあのときはどうしようかと思った。昨日アルフォンスの教室へモニカがやってきて、クッキーをアルフォンスに勧めてきた。アルフォンスは城の料理人の作ったものしか口にできず、さらに毒味が必要なことをオスカーは知っていた。アルフォンスに断られしょんぼりするモニカを哀れに思って、代わりにクッキーを口にしたのだが。


 モニカの差し出したクッキーを食べたときの驚きは筆舌に尽くし難い。以前から腹黒い令嬢だとは思っていたが、モニカの作ったクッキーだと言って差し出されたクッキーはどう考えてもルイーゼの作ったクッキーと同じだった。アーモンドが入っているかいないかだけの違いだ。ルイーゼの作ったクッキーを言うにことかいて自分の作ったクッキーだと断言するとは。あそこまで堂々とされるといっそ清々しいというものだ。


 だがクッキーを食べたときは隣に立っていたアルフォンスにルイーゼが作ったと推測されるクッキーを食べさせるわけにはいかないと思った。甘いものに造詣の深いアルフォンスのことだ。食べてしまえば絶対に、以前オスカーが持ってきたクッキーと同じものだと気付かれると予想できた。そう考え、モニカからクッキーを取り上げたのちに、さり気なく懐にしまおうとした。だが流石にアルフォンスとは長い付き合いだ。動揺しているのを易々と見破られた。


 アルフォンスに強要され、渋々とクッキーを手渡した。もう駄目だと思った。だがクッキーを口にしたアルフォンスは全く表情を変えなかった。優しい笑みをモニカへ向け、『家庭的なんだね』と言っていた。アルフォンスの言葉を聞いてばれていないと思い、内心安堵し喜んだ。もし真実がばれれば、ルイーゼに合わせる顔がないと思っていたからだ。

 教室の窓から外を眺めていたアルフォンスが突然溜息を吐く。一体どうしたのだろうと思って尋ねてみる。


「殿下、どうしたんですか? 何か悩み事でも?」


 するとアルフォンスがゆっくりと窓の外へ向けていた視線をこちらへ向け、静かに口を開く。


「いや……。最近ルイーゼ嬢を見かけないけど頭は大丈夫なのかな?」

「頭……ですか?」


 殿下、言い方……。アルフォンスの言葉を一瞬違う意味に捉えてしまった。きっとルイーゼが令嬢たちに押されて頭をぶつけてしまったことを心配しているのだろう。

 令嬢たちの勢いには凄まじいものがある。令嬢たちのエネルギーにはほとほと感心してしまう。エネルギーの源は何だろうか。恋愛?

 そういえば我が姉も完全な恋愛脳だ。いや、恋愛脳だった。アルフォンスを思うあまり、見当はずれの方向に努力するような人だった。ある意味今でもそうかもしれないが。


 だが頭を打った日、ルイーゼに大きな変化があったのだ。オスカーがルイーゼの変化を把握したのは学園が休みの日だから、ルイーゼが前世の記憶を取り戻した二日後になる。休日にルイーゼから事情を聞いたが、俄かには信じられなかった。前世、日本、乙女ゲーム。いくら説明されても全く想像がつかない。


 頭を打ったことはもう大丈夫なはずだ。ただルイーゼがアルフォンスに会えない理由については知っていた。先週の火曜日だったか。ルイーゼが大怪我を負って屋敷へ帰って来たのは。あれにはオスカーも血の気が引いた。全身に打撲傷があり、出血こそしていなかったが左手首は熱を持って腫れ、包帯を巻いた様子がとても痛々しかった。あの怪我は一週間程度では完治しないだろう。ルイーゼの痛々しい姿を思い出し思わず眉を顰めてしまう。


 事情を聞けば、なるほどアルフォンスに会えないわけだと納得した。ルイーゼは令嬢たちに押されて階段から落ちそうになったアルフォンスを助けようとして怪我をしたのだ。現時点でルイーゼが婚約者になることを望んでいない以上、アルフォンスに自分が助けたと知られたくはないだろう。だからアルフォンスに傷ついた姿を見せないようにしているのだ。

 婚約者になりたくないというルイーゼの意志を酌むならばオスカーが怪我のことをアルフォンスに言うわけにはいかない。折角懸命に助けたことを隠そうとしているのだから。


「頭のほうは傷もなかったようですし、屋敷に戻ってきたときはぴんぴんしていたので大丈夫だと思いますよ。姉もいろいろと忙しいのでしょう」


 アルフォンスにそう説明しつつ、再びルイーゼについて思い出す。確か先週の月曜日に製菓クラブに入ったと言っていた。余計なことを言うと、執務室でアルフォンスに食べられてしまったクッキーに結び付きそうだ。沈黙は金というし、製菓クラブの件は秘しておくべきだろう。オスカーの答えにアルフォンスは柔らかな笑みを浮かべたまま少しだけ首を傾げる。


「ふうん、そうか。まあいいや。それよりも今日君の屋敷へ行きたいんだけど、いいよね?」


(ああ、これは断れないやつだ。いいよね?と言いながら絶対に押し通すつもりだ)


 オスカーはアルフォンスと長い付き合いなのだ。絶対に屋敷へ来るつもりなのは明白だった。




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