第24話 私のクッキー食べて (モニカ視点)
モニカはきらきらした未来を想像しながら学舎の廊下を歩く。するといつの間にかアルフォンスの教室に到着した。そしてゆっくりと教室の入口から中を確かめる。
(アル様は家庭的で控えめで優しい女性が好きなのよね)
教室の中を見るとアルフォンスが教室の窓際に凭れかかって立っている。そしてアルフォンスの側にオスカーもいる。二人は何か話しているようだ。さり気なく教室の中へ入ってアルフォンスに近づいていく。折角だからオスカーにもアピールしてしまおう。
それにしてもラッキーだった。出会いイベントの場所の階段からアルフォンスが落ちて以来、邪魔な取り巻きの令嬢たちがいなくなって、アルフォンスに近づきやすくなったのだから。そしてアルフォンスの側に立ち恐る恐る声をかける。
「あの、アルフォンス様。少しお時間をいただいてもよろしいですか?」
「いいよ。何かな?」
恐る恐る話しかけるモニカに妖艶に微笑みながらアルフォンスが応える。オスカーはモニカが話しかける様子をじっと見守っている。
「ありがとうございます! これ、製菓クラブで私が作ったんです。粗末なもので恥ずかしいのですけれど、よかったら召し上がっていただけませんか?」
慎ましやかにクッキーの包みを差し出し、アルフォンスの顔を上目遣いでちらりと見る。なるべく恥ずかしそうに見えるように意識するを忘れない。
「へえ、モニカ嬢は器用なんだね。だけどごめんね。特定の者が作ったもの以外は食べないように言われているんだ」
困ったように苦笑いを浮かべ、申しわけなさそうにアルフォンスが断る。
「ええ、そんな……」
あからさまに肩を落として見せる。涙で目を潤ませてアルフォンスの顔をちらりと窺う。だが同じように困ったような笑顔を浮かべている。萎れた様子を見せても特に反応は変わらないようだ。
もしかしてオスカーも食べてくれないのだろうか。そう思って今度はちらりとオスカーの顔を上目遣いで見てみる。するとモニカの様子を見たオスカーが大きな溜息を吐く。
「仕方ないですね。僕がいただきましょう。それでいいですか? モニカ嬢」
オスカーの言葉を聞いて心の中でよっしゃー!とばかりにぐっと拳を握る。オスカーの申し出にぱぁっと笑みを浮かべて答える。
「もちろんですわ……。一生懸命作ったので嬉しいです……」
そう言ってもじもじしながらクッキーの包みを開いて、おずおずとオスカーに差し出す。するとオスカーが差し出されたクッキーの中から一つを摘んで口に運んだ。
「っ……!」
オスカーが驚いたように目を瞠り固まってしまう。
(そんなに美味しかったの? きゃっ、嬉しいっ! これで好感度がぐんとアップするわね)
きょとんと首を傾げて、期待に胸を膨らませながらオスカーの言葉を待つ。褒められると思うと思わず口角が上がってしまう。そんなモニカの様子を見てようやくオスカーが口を開いた。
「これは……えーと……」
オスカーが困惑したように目を泳がせ、なぜか言葉を詰まらせている。もしかして不味かったのだろうか。クッキーの中にハズレクッキーとかがあったとか? オスカーの態度を見て急に不安になる。
「どうしたの?」
言葉を詰まらせるオスカーを見て、アルフォンスが首を傾げながら尋ねる。オスカーの態度を不審に思ったようだ。
するとオスカーがいつもの平静さを取り戻し、モニカからゆっくりとクッキーの包みを取り上げる。オスカーの行動の意味がよく分からなくて、なんとなくそのままクッキーを渡してしまう。
「とても美味しいです。気に入りましたので、このクッキーは僕がいただきますね」
オスカーはそう言ってさり気なくクッキーの包みを懐に入れようとした。
(気に入ったですって! 嬉しい!)
オスカーの言葉を聞いてモニカは内心ほくそ笑む。そして嬉しくなり、返事をしようと口を開きかけた。すると突然ガシッとアルフォンスの手がオスカーの腕を掴む。
「オスカー? どうしたの?」
アルフォンスがにっこりと笑ってオスカーに問いかけた。笑っているけど目は笑っていないように見える。でもきっと思い過ごしだろう。
「いえ、殿下。どうもしません。気に入ったので貰っただけです」
オスカーが同じくにこりと笑ってアルフォンスに淡々と答える。
「そんなことないよね。だって君の態度がおかしいもの。それ見せて」
そう言ってアルフォンスが片手を差し出し、クッキーを渡すよう要求する。どうやら引く気はないようだ。なんだか二人とも笑っているのに冷ややかな空気が漂っている気がする。でもきっと気のせいだろう。二人とも暗にモニカを取り合っているに違いない。そんな気がする。しばしアルフォンスとオスカーの冷たい視線が絡み合う。
(
自分が取り合われているようで嬉しい。ぽっと顔を赤らめてみる。赤面するという表現の技術は子供の頃からの得意技だ。ちなみに涙を浮かべるのも得意だ。だが二人は争うことに夢中で肝心のモニカが目に入っていないようだ。二人の目に入っていないという現状に気付いて思わず肩を落としてしまう。残念。
「殿下に他人の手作りの飲食物をお渡しするのは許されていません。もし破ったら陛下に怒られますから」
オスカーも引かない。アルフォンスの要求に淡々と抗弁を呈する。
「それは毒や媚薬なんかの混ぜ物を警戒してのことだから。君、今食べて平気だっただろう?」
アルフォンスがそう詰め寄ると、オスカーが一瞬おいてお腹を押さえる。
「あっ、お腹が……」
(オスカーくん、それは……)
今のはモニカでも分かるほどにわざとらしすぎると思った。オスカーって結構面白い子かもしれない。そんなことを考えていると、アルフォンスが冷たい笑みを崩さないままオスカーの名を呼ぶ。アルフォンスの手は差し出されたままだ。
「オスカー……?」
アルフォンスは冷ややかな声でオスカーに命令する。
「渡して」
「……」
(ああん、Sっぽいアル様も素敵……)
アルフォンスの冷たい眼差しを見てぞくぞくっとしてしまう。命令されてしまえばオスカーも逆らえないようで、懐にしまった
オスカーはアルフォンスから顔を背けている。そしてなんだかやらかしたという表情を浮かべているのがモニカからは見える。一体どうしたというのだろう。オスカーの表情の意味が分からず、頬に手を当てこてんと首を傾げる。
アルフォンスが口に運んだクッキーをもぐもぐと咀嚼する。そしてゴクンと飲み込んだあとその余韻を味わうかのように一息おいて、モニカににっこりと微笑んだ。アルフォンスの微笑は今までに見たことがないほどの美しさだった。
「……美味しいね。アーモンドが香ばしくて私は好きだな。オスカーもこれを隠すなんて欲張りだね」
アルフォンスの言葉を聞いてモニカは嬉しくなってしまう。だって食べてもらえないと思っていたのに食べてもらえたのだ。ラッキーだった。クッキーを食べてもらえたことでアルフォンスの好感度は飛躍的にアップしたと思う。クッキーを貰ってきて本当によかった。
一方オスカーは嬉しそうなアルフォンスを見て、胸に手を当て安堵したような表情を浮かべている。
「モニカ嬢は本当に家庭的な子だね。君が作ったクッキーはとても美味しいよ」
天使か悪魔かというような蠱惑的な笑みを向けられて、モニカは腰が砕けそうになる。
「そんな……嬉しいです。私なんかの作った物をそんなに褒めていただけるなんてっ」
赤くなって両手を頬に当てもじもじと体を捩る。そしてちらりと上目遣いでアルフォンスを見る。すると相変わらずモニカを優しい笑顔で見つめている。
(はぁっ……なんて色っぽいのかしら。もうターゲットをアル様だけに絞ってもいいかもぉ)
もう大満足だった。幸せな王妃の未来は約束されたようなものだ。アルフォンスの笑顔を見たとき、あの悪役令嬢ルイーゼに勝ったと思った。そしてモニカはアルフォンスの心を自分のものにできたと確信したのだった。
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