第14話 打ち明け話


 放課後の調理室での製菓クラブの活動が終わった。そしてお菓子作りの後片付けが済んでからカミラに声をかけられる。


「ルイーゼ、ちょっといい?」

「え、なあに?」

「ここに座って」


 カミラが調理台の傍の壁際の椅子に座り、隣の椅子の座面をぽんぽんと叩く。ルイーゼはカミラに促されて隣にちょこんと座った。そしてカミラの顔を覗き込むように見る。


「どうしたの?」

「ルイーゼ、その左手首の捻挫、本当に転んだだけなの?」

「えっ、どうして!?」


 カミラの言葉に驚いてしまう。何か怪我の原因を疑われるような言動でもしてしまっただろうか。


「私、今日クラスで他の令嬢から聞いたの。貴女が怪我をしてきた前日、王太子殿下が階段から落ちたのを見たって。それでそのとき殿下を助けようと手を伸ばした令嬢がいたって。それって貴女じゃないの?」

「えっ、ち、違うわ。モニカさんじゃないの?」


 焦って否定するも、カミラは大きな溜息を吐いて首を左右に振る。


「令嬢の顔はよく見えなかったけれど、金髪の立派な・・・縦ロールを靡かせてたって……」

「……」


 ――うん、そりゃ目立つよね。だってネオンサインが歩いてるようなものだもの。


「縦ロールの令嬢はたくさんいるわ。でも立派な・・・縦ロールって聞いて、私貴女のことを真っ先に思い浮かべたわ」

「……」


 返す言葉もない。ゆるふわのモニカじゃないことだけは、はっきりと分かることだろう。


「貴女の怪我、殿下を助けるために負ったものじゃないの?」


 その言葉を否定も肯定もしないままに両手を合わせてカミラに懇願する。


「カミラ……誰にも言わないで。お願い」

「私が言わなくても、多分たくさんの人が立派な・・・縦ロールが殿下を助けたのを見ていると思うけれど」


 お願いポーズをするルイーゼにカミラは呆れたように答えた。立派・・を連呼しないでほしいものだが、事実だから否定しようがない。それにいつの間にか縦ロールが主語になっている……。


「そういえばクレーマン侯爵令嬢っていったら、ルイーゼは殿下の婚約者候補じゃないの?」

「ええ」

「ごめんなさい、今まで気付かなかったわ。そうだったのね。だったら『私が助けました』って殿下に名乗りを上げたら、婚約者に選ばれるんじゃない?」

「ええと、それは……」


(それには深い事情があるんです)


 そんな言葉が出かかるほど、いっそ全てを打ち明けてしまいたい衝動に駆られてしまう。だけど事情を話すには前世のことも打ち明けなくてはならない。すぐに信じてもらえる自信がないし、頭のおかしな子なんて思われたらどうしようと思ってしまう。もしカミラにそんなふうに思われてしまったら悲しくなる。


「私、殿下の婚約者に選ばれないように頑張ってるの。理由は言えないけれど」


 観念して当たり障りのない程度にカミラに心の内を告げる。


「え、もしかしてその見た目って婚約者に選ばれないためなの……?」


 ルイーゼは大きく頷く。察しがよくて何よりだ。やはりこのケバい格好がマイナスの印象しか与えない事実は、世界中でルイーゼ以外の全員が知っていたようだ。


「理由は聞かないでほしいの。殿下のことが嫌いなわけじゃない。むしろ大切に思っているわ。でもどうしても殿下の婚約者になりたくないの」


 両手を胸の前で組みながら切々と訴えると、カミラに気遣わしげな眼差しで見つめられた。


「そうなの……。分かったわ。これ以上は聞かない。だけどあのモニカ嬢が殿下に関わってるみたいだし、もし嫌がらせとかをされたらすぐに相談してね」


 ――友だちにこんな優しい言葉をかけられたのは初めてかも……。


「カミラ……」

「私は誰にも言わないから。もし話してもいいって思ったら理由を教えてね」


 カミラがにこりと笑ってそう言ってくれた。カミラの優しさに感激するあまり、思わず涙が溢れてしまいそうになる。つらいのを我慢するときよりも、優しくされるほうが涙は出てくるものなんだなとつくづく思った。


「うん、ありがとう……」


 ルイーゼは涙を堪えながらカミラの手を取り大きく頷いた。そういえばモニカが逆ハーレムルートに進もうとしているとしたら。


(オスカーは大丈夫かしら……)


 そんなことを考え、ふと胸に不安がよぎった。




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