第10話 悪夢 (アルフォンス視点)
俺を襲ってきた者たちの顔が暗闇の中に次々と浮かぶ。男も女もいる。
(こっちへ来るな……。近づくな……。俺に触るな……!)
恐怖で体が竦む。逃げたいのに逃げられない。足が動かない。
――怖い。誰か助けて!
声も出せずに闇の中で怯えて蹲っていると、なんだか仄かにバニラの香りが漂ってくる。俺の好きな甘い香りだ。そして暗闇の中から優しい手が俺の頬を撫でる。だが姿は見えない。その優しい手からは心からの慈しみを感じる。そして純粋に俺を心配している気持ちが伝わってくる。なんとかその優しい手を取ろうとするがやはり体が動かない。
それにしてもこんなに心が安らぐのは何年ぶりだろう。とても癒される。心地いい。この優しい手に身を任せたい……。
――危ないっ!
そう言って手を差し伸べてくれた者は誰だったのだろうか。あのとき聞こえた声からは、絶対に俺を助けたいという必死な思いが伝わってきた。
少しずつ意識がはっきりとしてくる。重い瞼をゆっくりと上げ、完全には開ききらない視界から周囲の様子を探る。まだ混乱しているようだ。何が起こったのかすぐには思い出せない。
(ここは……保健室か? ……ああ、そういえば俺は階段から落ちたのか。そしてあのとき誰かが手を差し伸べてくれたんだ)
さらによく見渡すとベッドの傍に誰かが座っている。一体誰だ……? 心配そうにこちらを見る顔には全く見覚えがない。
「君は……誰だ……?」
そう尋ねると、目の前の少女は紫紺の瞳を潤ませながら、安堵した表情を浮かべ微笑む。
「私はトレンメル男爵家のモニカと申します」
階段を落ちたとき手を差し伸べてくれたのは、目の前にいるモニカという少女なのか?
「君が私を助けてくれたのか……?」
「はい、私、咄嗟に手を伸ばしてしまいました。それなのにちゃんとお助けできなくて申しわけありません」
モニカが悲しそうな眼差しで俺の顔を窺う。夢の中で差し伸べられた優しい手の持ち主はモニカなのか?
「いや。そうか、君が……。ここで私をずっと看ていてくれたのも君?」
「はいっ、どうしても心配で……私……」
今にも泣きだしそうなモニカに慌てて声をかける。
「ありがとう。そうか、君だったのか……」
モニカの手を見る。その手が俺の頬を優しく撫でてくれたのか……。
モニカの手を見ながら、なんだか目の前の少女だけは、今までの醜悪な女たちと違うかもしれないと思えた。
だが何かが足らないような気がしてふと気付く。モニカからは夢の中で仄かに漂っていた甘いバニラの香りがしなかった。
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