第八章 回帰不能点(3)完全な制圧

 『大和再興同友会』本部の最奥。


 巨大な木製のドアの左右に、ベルディグロウとリサ、そしてフィズナーと岸辺が位置取る。


 これを開けて飛び込めば、敵の幹部を拘束できるはずだ。いよいよだと気分が高揚もする。


 合図とともに、ベルディグロウが大剣で巨大なドアを破壊する。すると、その部屋には、奥の机に老人・櫛田くしだ会長が座っており、その手前に若手幹部の依知川いちかわがいた。


 しかし、依知川が持っている武器が非常に厄介だ。日本人が知っている武器に一番近いのはアサルトライフル。それにしてやや巨大だ。


 だが、それは日本人の常識的な火器ではなく、空冥術士にも当たる銃。彗星銃だ。言うなれば、連射式自動彗星銃がそこにあった。


「伏せろ!」


 ベルディグロウが叫ぶ。


 まだ突入していなかったリサは床に倒れ込む。それまでリサがいたあたりが、壁を貫通した連射式の光弾に次々撃ち抜かれていく。


 フィズナーは瞬間的に岸辺を蹴り倒し、それから自分も屈んだ。連射式の光弾は依知川の右から左へ、一直線に掃射される。リサが背にしていた壁も、フィズナーと岸辺が背にしていた壁も、木製のドアも、すべて蜂の巣だ。


「『黒鳥の檻』から買い受けた、魔界の武器で――!」


 依知川は目の前に立つベルディグロウを、その連射銃で討ち滅ぼそうとする。


 しかし、彗星銃がいかに空冥術士に対して有効だといっても、それは空冥力の盾をつくらない場合――不意打ちの場合のことだ。


 ベルディグロウは大剣を盾にしつつ、さらに空冥術で空冥力の盾を展開する。こうすれば、撃ち出される光弾の力と、ベルディグロウの護りの力、純粋に空冥力同士の攻防だ。


 この戦いはしばらく続くかに思われたが、すぐに依知川の連射式自動彗星銃が弾切れとなる。彼の空冥力が底をついたのだ。


「ええい!」


 依知川は腰に下げていた日本刀を抜き、ベルディグロウに斬り掛かる。しかし、その刀はもはや空冥力を帯びてはいない。


 ベルディグロウは器用に大剣を振り回し、依知川の日本刀を叩き折る。


 リサはその隙に、床に落ちている彗星銃を狙って、遠目から光の槍の光弾を撃ち出し、それを破壊する。


 完全制圧だ。



 リサとフィズナー、そして岸辺が部屋に入ると、櫛田も依知川も両手を挙げて降参していた。


 『総合治安部隊』の古参として、岸部が宣言する。


「『大和再興同友会』の両名を拘束します」

 

 依知川は大きく溜息をつく。もう諦めたといった風だ。だが、彼は言う。


「逮捕は受け入れる。だが、そこの、逢川リサに話をさせてくれないか」


「なに?」


 リサが聞き返すと、依知川は最後の勧誘に出る。


「この武器を見ただろう。アーケモスには空冥術士が多いというが、魔界をはじめとした、異星人もまた空冥術を使う。この国を支配している『ヴェーラ人』もそうだ」


「……だから?」


「『ヴェーラ人』は被支配地域には無頓着だからまだバレてはいないが、国防軍内に設置された『総合治安部隊』は、『ヴェーラ人』に対抗するための秋津洲財閥の軍隊だ」


「な――」


「秋津洲財閥は表向き、『宇宙革命運動社』を支援している。あれはアーケモスという異文化を取り入れようという集団だが、秋津洲はそれを体よく利用している。秋津洲財閥がやろうとしていることは、宇宙人に対する排外主義なのだから、『宇宙革命運動社』とはだ」


「……」


 リサには何も答えられない。確かに、澄河御影は何かを知っている。何かを企んでいる。だが、この男の言うようなことが、そのまま正解である保証はどこにもない。


「『総合治安部隊』と『大和再興同友会』は手を取り合える! どちらの組織も目指すところは同じじゃないか! 『総合治安部隊』が秋津洲の私兵に成り下がる前なら――!」


「……グロウ、岸辺さん、ふたりを拘束して。わたしは一階で待機している車を呼んできます」


「ま、待ってくれ、逢川ッ! 逢川リサ!」


 背後で自分を呼ぶ、依知川の声を振り払うように、リサは部屋を後にした。


 これで『大和再興同友会』は終わりだ。いうなれば、『総合治安部隊』の勝利だ。


 だけど、勝利って、こんなに微妙な気持ちになるものだったっけ――?


 何が正しいのか、わからなくなってくる。いや、あんな反社会的勢力の言うことが、正しいはずはない。


++++++++++


「想定以上の成果です」


 安喜少尉の声は震えていた。


 場所は『総合治安部隊』隊舎、会議室二-S。出撃時に座ったように、一同が席に着いている。


 ただし、ラミザとシデルーン総司令は別だ。彼女らは、この作戦がまさか昼前までに終わってしまうなどとは思わず、現在、内閣官房の視察中だ。


「いいじゃないか、安喜くん。これほどまでに早く片を付けるなんて、わが国初の空冥術士部隊としての重要性が増すじゃないかね。これで、上もおいそれとわれわれの組織を解体できなくなった」


 快活に笑ってみせるのは妙見中佐だ。しかし、リサには、その笑いの中に何か、どす黒い含みを見てしまう。疑心暗鬼だろうか。リサはそう思い、頭を左右に振る。


 妙見中佐のあとには、澄河御影が言葉をつなぐ。


「あまり活躍しすぎるのも考えものです。報告書は、少しトーンを落として書かなければ。国防軍の中にこのような特殊組織があると、例の政治家たちに知られるようなことがあれば……」


「ああ、確かにそれはいけませんな。書類のほうはこちらでなんとかしておきましょう」


「さすがです。よろしく頼みますよ」


 明らかに、澄河御影と妙見中佐は何かを伏せた上で話している。何か重大な前提条件があるのに、それを開示しない。 


 リサは手で額を押さえていた。わたしはいったい、なにをしているのだろう。『総合治安部隊』とはなんだ? 日本で空冥術士を養成する目的とは?


 安喜少尉も落ち着かない様子だったが、妙見中佐たちの話は聞かなかったことにして、総括を行う。


「櫛田、依知川、そのほかの武装メンバーをすべて逮捕。中程度の怪我を負った者もいますが、三十四名全員生存しています。これほどの成果は、警察はおろか、国防軍正規軍でも困難だったでしょう」


 安喜少尉はノートを持って説明しながら、右へ数歩、左へ数歩と歩いていて落ち着きがない。望ましい成果を上げたというのに。


「加えて、当方の戦闘員四名は全員無傷。実戦のたびに経験を着実に積んでいることが伺えます。この作戦により、反社勢力『大和再興同友会』は消滅。『総合治安部隊』の実力が確立したと言えます」


 総括を聞き終えて、また妙見中佐が大声で快哉を叫ぶ。おまけに、ひとりで拍手までして盛り上がっている。


「いやあ、素晴らしい! 傑作だ! それというのも、逢川君、きみがこの部隊を牽引してくれるようになってからだな! ありがとう!」


「わたしが、牽引……ですか」


 意外な言葉を使われて、リサは困惑した。彼女はただ、自分の持つ力をここで振るっているだけだ。集団を牽引しようなどと考えたことは一度もない。


「そうだとも。きみはすぐに部下をもち、優秀なリーダーになるだろう。この『総合治安部隊』はきみを中心に回っていくだろう」


 妙見中佐の言葉で、リサは頭がくらくらした。わたしが軍隊組織のリーダーに? そんなつもりじゃなかった。わたしは、法曹になって……、いや、秋津洲物産に就職して……、いや、先のことはわからない。でも、ずっと軍人であり続けるなんて、考えてもいなかった。


 そんなつもりじゃなかった、のに。


++++++++++

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る