第四章 都心の摩天楼(5)前衛の大剣、後衛の槍
リサたち四人が屋上へ出ると、そこもやはり、魔獣の死骸と血で覆われていた。
貯水塔の上に座る男がひとり。黒くてひらひらした服と外衣をまとった怪しい男だ。ちょろりと生やしている口ひげがなんとも怪しさを引き立てている。
そして、貯水塔の周りには、三人の男女がいた。ひとりは十七階から逃げてきたフランツ・ブラン。もうひとりは日本人の風体をした中肉中背の冴えない中年男。そして最後は肌の黒い、ウェーブのかかったショートヘアの女だ。
口ひげ男以外の三人全員が左手に星芒具――籠手を装着している。ということは、この三人は全員空冥術士ということになる。
「やれやれ、ここまで追ってくるとはですネー」
フランツが肩をすくめ笑った。
相手側四人の回りを、俊敏なドラゴンが走り回る。赤いドラゴンと黄色いドラゴンの合計二体だ。短い前足には脅威はなさそうだったが、大きな口と長い牙は危ない感じがした。
淡路と岸辺は日本刀を構え、しっかりと腰を落とす。
「こいつらは、今までの魔獣とは違いそうだ」
「その通り! それはこの、魔獣大臣の
雨村というのはフランツの隣に立つ中年男のことだろう。だが、雨村本人はあまりしゃべるのがうまくないのか、フランツばかりが話している。
リサは光の槍を一回転させつつ、集団の先頭に立った。風に煽られ、マフラーがたなびく。
さきほどベルディグロウに後衛を任されたことを、早速忘れている。
「あんたたちは……、『人類救世魔法教』は、魔獣なんかを使って何をしようとしているんだ!」
啖呵を切ったリサ。それを見て、貯水塔の上の男が笑い声を上げた。
「ヒョヒョヒョ……。知れたこと。魔法ですべての人々を救おうという我らの考えを、いまだにカルトなどと呼ぶ輩が後を絶たぬ……。ならばよ、小娘。魔獣を使って魔法の力を知らしめるのがよいではないか」
「よくない!」
「人々が我らを軽んじるのは、魔法の力を信じていないから。そうは思わんかね」
「違う! 人々がお前たちを信用しないのは、お前たちが私利私欲のカルトでしかないからだ!」
舌戦では、リサは一切退かない。いつものように。彼女は言い争いから逃げたことなど、これまでにもない。
フランツが手をパンパンと鳴らす。
「ほう、言いますね。ですが、ここでは力こそがすべて。われらが教祖・赤麦を愚弄した罪、償ってもらいますよ」
それが合図だったかのように、四対四のお互いの陣営の間に、二体のドラゴンが割って入り、攻撃の準備動作をとっている。
一番前に立っているリサの更に前に、ベルディグロウがすっと立つ。そして、低い声でひと言だけ言う。
「私が
「……ごめん。わかってる」
リサは一歩、後ろに下がった。そんななかでも、彼女の心は落ち着いていて、冷静に状況を見ている。
教祖・赤麦に、信徒大臣・フランツ、魔獣大臣・雨村。……そうすると、あの肌の浅黒い女はいったい何者なんだろう。彼女も何かの『大臣』なんだろうか?
魔獣大臣・雨村がスゥと息を吸い込み、それから声を張り上げる。
「魔獣リリュティス、シューティス、やつらを屠れ!」
それと同時に、二体の竜種が飛びかかってくる。
そこからはあうんの呼吸だった。ベルディグロウとリサが赤いほうのドラゴンを、淡路と岸辺が黄色いほうのドラゴンを迎え撃つ。
ベルディグロウが大剣で赤いドラゴンの一刀両断を狙う。しかし、敵は素早く、大剣は胴体ではなく尻尾を切り落とすに留まった。
だが、後衛たるリサが的確な遠隔攻撃を仕掛け、光の槍から放たれた光弾がドラゴンの顎に直撃する。これでドラゴンの顎を粉砕するほどには至らなかったが、リサは連続で何発もの光弾をドラゴンに撃ち込み、ひるませた。
そこへ、ベルディグロウの大剣が振り下ろされる。赤いドラゴンは真っ二つになった。倒しきったのだ。紫色の血が噴き出す。
「ほう!」
リサとベルディグロウの戦いぶりを見ていた教祖・赤麦が声をあげる。
「あの娘、やりおるな」
フランツは肯定する。
「ええ。
「その割には
「ええ……、不可解ですネー」
リサが視線の先を、今倒したばかりの赤いほうから、淡路と岸辺が苦戦しているほうの黄色いほうに切り替える。
黄色いドラゴンは淡路の日本刀に唸りながら噛みつき、力で圧倒して彼を左右に振り回していた。一方の岸辺はドラゴンに対して斬撃や刺突を試みていたが、敵のうろこを貫くことができず、有効な攻撃にはなっていない。
リサはそこへ向かって、一歩も動かずに、いくつもの光弾を撃ち込んだ。黄色いドラゴンはよろめき、倒れそうになる。
そこへやはり、ベルディグロウが駆け込み、一斬のもとに黄色いドラゴンを葬り去った。
疲労で呼吸を荒くし、恐怖に顔面蒼白となっている淡路は、二体のドラゴンをどちらもリサとベルディグロウが片付けたことに驚愕していた。それは、岸辺も同じだ。
リサは光の槍を一回転させると、その切っ先を敵方四人に向けた。
「これで四対四。見たところ、三人は空冥術士のようだけど、あんたたちも直接戦うの?」
「直接戦うこともできますが、ねえ……。こちらの空冥術士は三人だけ。そのうちひとりは取引先のかただ。まさか、加勢していただくなど、ありえないですネー」
フランツは肩をすくめた。
「取引先」か、とリサは思う。先ほどから脇に控えているものの、名乗りもせず、一向に戦いに加わらない褐色の肌の女――彼女は『人類救世魔法教』の取引相手なのだ。
彼女はどこから来た? 彼らは何を取引している?
魔獣大臣・雨村は半歩後ずさる。その表情には明らかな焦燥が読み取れる。フランツがこの状況下で余裕を装っているのとは対照的だ。
「ま、まさか、魔獣リリュティスとシューティスが、こんなにもあっさりと……」
「雨村大臣、みっともないですよ」
フランツはそう言って雨村をたしなめる。虚勢を張り、不利を悟られまいとしているだろうのだろう、とリサにはすぐにわかった。
雨村は振り返って教祖に向かって叫ぶ。
「し、しかし……、魔獣が! せっかく購入したばかりの虎の子を失ったんですよ!!」
フランツは額を抑えて、かぶりを振る。せっかく張ってきた虚勢がこれで台無しだ。雨村は、もう手札がないことをバラしてしまっている。
貯水塔の上の教祖・赤麦は「ヒョヒョ」と笑ってから、フランツに命じる。
「信徒大臣、なんとかしたまえ」
「そう来ると思っていました。……ご予算のほどは?」
「好きにしたまえ。不足は後で信徒から補えばよい」
「それもまた信徒大臣の仕事……。やれやれですネー」
盛大に溜息をついたフランツは、浅黒い肌の女の方をちらと見る。
「ユラバさん、取引をお願いしますネー」
「どの程度で」
浅黒い肌の女――ユラバの声は、意外にも高く、幼さを残していた。リサは思う。本来なら、こんな場所に居合わせるほど歳を取ってはいないのかもしれない。
「彼らを始末するのに充分な程度で。……いや、その後の運用を考えて、それ以上に強力でも構わないですネー」
「取り引き、成立」
ユラバは床に向かって手を差し出すと、床の上に光の空冥術陣が浮き上がった。そしてそこから、巨大な蛇が飛び出してきたのだった。
「召喚術か!」
ベルディグロウが大剣を構える。淡路や岸辺も慌てて刀を構える。
召喚術? リサにとって、それを見るのは初めてだった。空冥術は魔獣を喚び出すこともできるのか。なんて可能性の幅広い術だろう。
ユラバは
「魔界の竜、ハルゴジェ。竜種の中でもランクはトップクラス」
巨大なヘビの姿をとるハルゴジェは胴体が非常に長く、彼女がそう言っている間にも、空冥術陣からずんずんと伸びながら出てくるのだが、一向に尻尾が見える気配がない。
もう五メートルは超えているというのに。
「はは……、ずいぶん高くつきそうですネー」
さすがのフランツも、ハルゴジェのあまりの大きさにたじろいだ。同じ魔獣といっても、リリュティス、シューティスのようなレベルとはまったく異なる。
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