救護

この世界の状況と在り様を理解し、ひめは改めて人間達の為に自らを役立てることを決意した。


と言っても彼女はロボットであり人間のような心はない。心はないが、自らの在り様を最適化させることを良しとするという考え方はできる。だから彼女はそうするのだ。


浅葱あさぎから借り受けたバールで氷窟を掘り進め、ひめはまず目先の役目をこなすことに専念した。だが、その時、彼女の表情がハッとなる。


浅葱あさぎ様! 遥座ようざ様の身に何かあったようです! 救護に向かう許可を戴きたく思います!」


自身の氷窟の掘削に集中していた浅葱あさぎにそう声を掛けたひめは、戸惑いながらも「あ、ああ。頼む」という返答をしてくれたことを確認し、まるでネズミのように氷窟を駆け抜けた。そして遥座ようざの担当する氷窟に入り駆けつけると、そこには顔を押さえて倒れ伏した彼の姿があった。


遥座ようざ様、お体に触れさせていただきます」


と断りを入れて彼を助け起こした彼女の目に、割れたガラスのようになった氷の破片が刺さった様子が見えた。


あまりの寒さで血は流れ出た途端に凍りつき、そのおかげで出血はそれほどではなかったが瞼に刺さった氷の破片が眼球を傷付けている可能性があった。慎重にそれを取り除き、自らのポケットからガーゼと絆創膏を取り出して傷口に当てる。


こういう事故は決して珍しくない。それによって命を失う者もいるし、命は助かっても砕氷さいひとしての生命線は経たれ引退する者もいる。目をやられたとなれば仕事を続けられなくなる可能性も高い。


遥座ようざ様、しばらく辛抱してください」


ひめは彼を背負って体にハーネスを掛け、固定する。そして氷窟を慌てずしかし迅速に移動してやぐらまで戻った。そこで非常事態を告げる鐘を二回鳴らす。それは怪我人が出たことを知らせる合図だった。浅葱あさぎから聞いていたことを実行したのである。


その鐘の音を聞きつけた者が病院に連絡を入れ、六輪トラックを改造した救急車が櫓の下に駆けつける。そこにちょうど遥座ようざを背負ったひめが下りてきて、救急隊員に彼を引き渡したのだった。


幸い、遥座ようざの怪我は眼球そのものには傷を及ぼすものではなく、瞼を十針縫うことになっただけで済んだ。傷が癒えれば再び砕氷さいひの仕事にも戻れるという。


彼には妻と幼い二人の子供がおり、まだまだしっかりと働かなければいけない時だっただけに大事に至らずに済んで誰もが胸を撫で下ろした。


浅葱あさぎも仕事が終わってからそれを聞き、ひめに言った。


遥座ようざを助けてくれてありがとう。私からも礼を言う…」


そんな浅葱あさぎに、ひめは、


「いえ、これが私の役目ですから」


とただ笑ったのだった。


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