技術水準

現在、折守おりかみ市そのものがこの世界における人間社会のすべてであり、他には<海>と称される巨大な地底湖と<森>と称される針葉樹林があるだけだった。<海>には過冷却された極寒の水中でも生きられる生物が住み、<森>には極寒の環境に適応した僅かな種類の動物が暮らしている。


と言っても、それらは大規模な動物園の域を出ない、折守市を作った人間達が同時に作り上げた人工の環境が管理されないままに野生化しただけのものでしかなかった。


また、高さ百メートルの十五基の鉄塔の上には巨大なLED照明が備え付けられてドーム状の空間を照らし、太陽の代わりをしている。


太陽の代わりなので当然、昼と夜を再現する為に<夜>には月明り程度の照度まで下げられ、一日のサイクルをもたらしていた。


その照明に電気を送るのは、折守市の中心部にある地熱発電所である。これは、三基の発電用タービンを地下のマグマによって作られる蒸気で回し、三基のうちの二基は必ず動かして一時ひとときも休まず稼働することで人間が生きられる環境をかろうじて維持している状態だ。


しかし、それを支える現在の社会の技術水準は、はっきり言って今の状態をぎりぎり維持するだけでやっとの状態でもあった。新規に作れるもののと言えば、おそらく、西暦一九六〇年代あたりの日本と同等程度だろうか。それでいて照明用のLEDを作ることも可能なので、やや歪な技術水準とも言えるかもしれない。


とは言え、たった七万人の人間ではそういう技術でさえ維持し受け継いでいくのは容易ではなかった。それだけの技術を理解・習得できる人間が必ず生まれるには七万人という数はあまりにも少なかったのだ。だからここまで衰退してしまった。照明用LEDは照明用LEDとして以外の利用方法が伝わっておらず、その技術が他に転用できるという発想がないというのもその影響だと推測される。


数万年の時間があれば人間そのものが現在の環境に適応できるように進化することもできたかもしれないが、やはり三千年やそこらでは短すぎたのだろう。今の生存可能な環境を維持できる技術が失われればもはや生きていくことは叶わない。特に、電気を生み出している唯一の設備である地熱発電所が機能を失えばそれこそ数ヶ月ともたずに人間は死に絶えると思われる。


それなのに、このところ発電施設での故障が多く、三基のタービンの内二基を常に稼働させておくことすら困難になりつつあった。


折守市市長の舞香まいかの下を訪れた地熱発電所所長の仁左じんざがそのことを告げる。


「正直、我々の力ではもう長くは維持できない……最悪、一基だけで発電を行うことになるのもそう遠くないだろう……」


「そうか……」


舞華の眉間に刻まれた皴は、ますます深くなっていったのだった。


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