第58話 忍者として

 半次郎は持っていたジグ・ザウエルを腰だめにすると、続けざまに引き金を引く。

 素人らしからぬ正確さで仏像を直撃した銃弾であったが、甲高い炸裂音を残して粉々に砕け散った。


「複合発泡金属装甲。」


 唖然とする半次郎に、黒木が笑いながら告げる。

「アメリカでは防弾ベストとしても研究されてるそうだよ。」

 説明しながらスティックを操作し、刀を振り上げる。


「おい、おい、ちょっと待て、話し合わないか? きっと分かり合えるはずだ。」

 半次郎は後ずさりしながら、打開策を考える。

「あんた、みっともないなぁ、命乞いならそう言いなよ。」

「いいか、早まるなよ…。」

 後ずさりする半次郎の足に何かが当たり、半次郎はとっさにそれを掴んで黒木に投げつけた。

 反射的にスティックを操作し、空中で仏像に切らせたそれは消火器だった。


 消火剤の粉末が宙に舞い、せき込む黒木に背を向けて、半次郎は階段へと走り出す。

「あんたっ!!」

 黒木が怒りの形相で操作する仏像は、とても人形とは思えない速さで半次郎に迫り、後ろから袈裟懸けに切りつけて来た。

 もんどりうって倒れ込んだ半次郎の眼前に仏像が立ちはだかり、刀を振り降ろしてくる。

 ガキッ。

 手にしたジグ・ザウエルでなんとか受け止めた半次郎だが、頼みのジグ・ザウエルにも切れ目が入り今にも真っ二つに切り裂かれそうだ。

「くそっ。」


 黒木がスティックを下に倒し、仏像の切りつける力が更に強まったのを感じた時、仏像の首の装甲の間にケーブルらしきものがチラッと見えた。

 刀では入らない位の僅かな隙間。


 だが、それが見えた所でそれを切る術は見当たらない。


のあんたが、傀儡使いに勝とうなんて百年早かったね。」

 黒木の嘲りの声に、半次郎は観念したように目を閉じる。


「つまんなかったな、もうあんた死になよ。」


。」


「なに?」


!」


 仏像の目から光が消え、その首筋の装甲の隙間には、半透明の梅の花弁が一枚深く突き刺さっていた。



 **********

 翔とレオナルドは、燃え盛る炎の影に身を潜めている。

「このままじゃ、こっちが焼け死ぬな。」

「ダガ、出たらイイ的だ。」

「でも、このままじゃラチがあかない、ここから一台ずつ梅花で…。」


「おーい!翔、レオ君!」

 半次郎の声だ。

「おじさん、こっちだ。」

 ドローン達は半次郎には無反応だ、どうやら敵から識別信号を奪うのに成功したらしい。


「ちょっと待ってろ、今強制停止する。」

 半次郎が何やら操作すると、炎の様な色を灯していたドローンのセンサーの光が消えた。


「よかった、おじさんも無事だったんだね。」

「お前たちもな。」

 三人はお互いの無事を喜び合うように肩を叩きあう。

「ソレヨリ、大ごとにナル前にここを出ヨウ。」

「火事は大丈夫かな?」

「ここいらの木は全滅だけど、風が無いから建物は大丈夫そうだ、それより敵の死体は?」

「まだ、宝物館の中だ。」

「レオ、崇継たちに連絡して宝物館に集合だ、警察と消防が来る前に裏から逃げよう。」


 三人は電話をかけながら宝物館の階段を登る。

「どうする処分するんだ?翔。」

「ドローンを使って文化財破壊をもくろんだテロリストって事で、火事もそいつの仕業でいいだろう。」


 二階に登ると、小太りの男がうつぶせに倒れている。

 その手前には刀を持った四本足の異様な仏像が安置されていた。

「あいつか?」

「オモそうダナ。」

 レオナルドがだらしなく寝そべる黒木を見て顔をしかめる。


 半次郎とレオナルドが頭と足に別れて男を抱えあげようとした時、黒木が醜い子ブタの様な笑みを浮かべるのが翔の目に入った。


「そいつ、まだ生きてるぞ!」


 半次郎とレオナルドが弾ける様に飛びのいたのと、黒木が手に持っていたカプセルを潰すのは同時であった。

 モヤの様なものが広がり、薄れ行く意識の中で、黒木の断末魔の言葉が響いた。


「研究中のウイルス兵器さ、空気中じゃ5分で死滅するけど、この距離なら問題ないね。」



 **********

「半次郎さん、半次郎さん!」


 ゆっくりと覚醒していく意識の中で、翔は菜々の叫び声を聞いている。


「おい、翔が目ぇ覚ましたで!」

 崇継と紗織が心配そうに寄って来た。


「ここは?」

「翔さんの事務所です、不忍探偵社です!」

「どないしたんや? 敵にやられたんか?」


 翔は鈍痛のする頭を必死に働かせて記憶の糸を辿る。

 空を飛ぶ黒いドローンの群れ…、木の影から睨みつける様な赤いセンサーの目…、燃え盛る炎…、そして、黒木の醜い子ブタの様な笑みが脳裏に蘇る。


「ウイルス兵器だ。」

「なんですって?」

 菜々は動転した様子を隠せない。


「確かにそう言ってた。」

「なら、僕たちも?」

 崇継が心配そうに紗織に目を向ける。


「いや、確か空気中では5分で死滅するって言ってた。」

 崇継は一瞬安心した表情を見せたが、すぐにまた心配そうに翔たちに目を向ける。


「ほんで、自分大丈夫なんか?」

「分からない、頭が少し重い感じはするけど…。」

 手や足を動かしてみるが、問題はなさそうだ。


「…菜々…さん…。」

 半次郎の意識が戻ったようだ、弱々しい声で菜々を呼んでいる。

「半次郎さん!」


 半次郎の方は、翔とは違い呼吸も浅く青ざめた表情には死相に近いものがある、レオナルドに至っては未だに意識が戻らない。

 駆け寄った菜々に、半次郎が息も絶え絶えに話しかけた。


「いいか…よく聞いてくれ…これがウイルスなら…、宿主が死ねば…死滅する。」

「何言ってるの、死んじゃダメよ!半次郎さん!」

「違うんだ…菜々さん…。」


 半次郎の手を握って瞳を見つめていた菜々が、真意に気づいたようにハッと息を飲む。

「ダメよ、私やったことないわ。」

「…大丈夫だ、君なら…できる。」


「なんや、どうないしたん?」

 菜々が不安げな表情のまま答える。


…人間を仮死状態にする薬よ。」

「空気中で…5分で死滅…するなら、仮死状態でも…5分で大丈夫な…はずだ。

 そのくらいなら…蘇生できる…。」

「でも、どうやって蘇生させるの?」

「…霊水だ。」

「霊水?」

「翔を見ろ。」

 皆の視線が翔に集まる。

「…僕たちと…同じウイルスに…感染…してるのに、…元気だろ?」

「でも、喪睡丸の調合なんて…。」

「大丈夫だ…君は…服部半次郎の…妻になる人だろ?」

「こんな時に何を!?」

 驚いて目を見開いている菜々を、半次郎は優しく目で力強く見返す。


「分かったわ。」


 菜々は決意を決めたようだ、メモに走り書きして紗織に渡す。

「崇継くんと紗織ちゃんはそれを買ってきて!」

「はい!」


「翔くん!」

「はい!」

「この辺で霊水のある神社は?」

「えーっと、確か櫛田神社に…」

「ありったけ持ってきて!」

「はい!」


「ウチは?」

「翔くんの手伝い!」

「はい!」


「みんな急いで!」

「はい!」

 

 翔たちは羊飼いの犬に急き立てられた羊の様に駆け出した。



 **********


「できたわ。」


 小さ目の鍋には、お金を貰ってでも飲みたくない、不気味な色をした液体がグツグツと気泡を浮かべている。

 気泡が割れる度に周囲に広がる香りは、それだけでも仮死状態に陥りそうだ。


「霊水の準備はいい?」

「はい!」

 傍らには参拝客に白い目で見られながら確保した霊水が、20リットルのポリタンク4つ分用意されている。

「合図したら、ありったけ口に入れて、飲めない分は体に浴びせるの。」

「はい!」


 ソファには辛うじて意識を保っている半次郎とレオナルドが並んで座っている。

 皮膚は血の気を失い土気色に変化していた。


「いい? 全部飲むのよ。」

 菜々はその二人に湯飲み一杯に注がれた喪睡丸を渡した。

 強烈な香りに、二人とも顔をしかめながら無言で頷く。


「はい、飲んで。」

 菜々に促されて二人ともしかめっ面のまま勢いよく飲み干した。

 見ているだけで気持ち悪くなりそうだったが、効果はてき面のようで、二人は飲み干すとすぐにがっくりと頭を垂らした。


 菜々が脈を診る。

「菜々さん、どう? 死んでる?」

「死んでるわ。」

「ほな、運ぼか。」


 翔たちは二人をバスルームに運び、祈るような気持ちで時間が経過するのを待っている。

「菜々さん、まだ?」

「もう少し!」

「もうええんちゃう?」

「ダメ、あと30秒!」

「菜々さん!」

「よし!かけて!」


 菜々の合図で、崇継と紗織が半次郎とレオナルドの口を開け、翔と谷本がポリタンクの霊水を二人に浴びせかける。


「お願い、生き返って!」

 菜々の祈りを背中に聞きながら、翔と谷本は2つ目のポリタンクも空にした。

 土気色だった肌に僅かながら生気が戻って来る。


「ウイルスは死んだみたいだな。」

「半次郎さん、お願い生き返って!」

 菜々の願いもむなしく半次郎は反応を見せない。


「そんな…。」


「まだです!」

 手を組んで祈っていた紗織が弱気になった菜々を一喝すると、綺麗な良く通る声で、命令するように叫ぶ。


「戻って来なさい!」


 凛とした声の響きに、一瞬バスルームの風が吹いたように感じがした。


「半次郎さんが!」

 菜々の声に我に返って二人を見ると、二人とも口から水を吐き出して、咳き込んでいる。


「お帰りなさい。」


 その二人を見守る紗織は、嬉しそうに笑っていた。

 

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