第53話 内紛
2019年(平成31年)4月28日
~福岡・博多~
JR博多駅の博多口を出ると、右側に国際会議場などが立ち並ぶベイエリアに続く<大博通り>がある。
その更に3本右にある<承天寺通り>は、通り沿いに寺社が立ち並ぶ情緒あふれる通りだ。
数年掛かりで整備されたその通りは、車道を小川の様にくねらせることで車のスピードを抑え、両側の歩道を散策する人に優雅な空気を与えている。
5年前に<博多千年門>が設置され、一応の完成を見たそのエリアは、毎年秋に行われる<博多千年煌夜>という名前のライトアップイベントのメイン会場として、多くの人を集めているが、普段は人の通りもまばらで、情緒あふれる佇まいを見せる。
通りの名前にもなっている<承天寺>は、臨済宗東福寺派の寺院で、通りの東側に鎮座していた。
開祖である円爾(えんに)は、中国の宗から日本に初めて饅頭・うどん・そばの製法と製粉技術を持ち帰った人物と言われており、寺の境内にはそれぞれの発祥の地である石碑が建てられている。
そんな<承天寺>の裏の顔は、南光院のいわば裏御所としての役割も持っていた。
谷本が、中州で南光院の手下の姿をよく見かけるのはそのためである。
今日、<承天寺>に一風変わった来客があった。
紋付袴に身を包み、首元まで伸びた長い真っ白な顎髭は綺麗に整えられて、高貴なオーラを纏ったその老人は、脇に背の高い従者を一人携えて<承天寺>の境内へと入っていく。
慌てて止めに入る警護官を一瞥して下がらせると、無人の庭を歩ている様に本堂へと入る。
報告を受けた南光院典明が、慌てて出迎えに出た。
「これは、父上、なぜこのような所へ?」
「典明…。」
その老人は何か言いたげな表情をしたが、それを押し殺した。
「お前は遠路はるばる訪ねて来た父に茶も出さんのか?」
「これは失礼。」
そう言うと、警護官を呼んで会議室として利用している本堂脇の控室に通させた。
会議室のドアの横で出迎える典明の横には風魔小次郎が控えている。
老人はその二人に一瞥をくれると、自分の家の様に中に入っていく。
その後に典明が続けて入り、それに続けて入ろうとした老人の従者が、小次郎の前で足を止めた。
「よくお仕えしているか? 小次郎。」
「はい、兄上。」
「光太郎、何をしておる、早う来んか。」
老人に呼ばれた風魔光太郎は、弟に短い言葉を投げる。
「よく励めよ。」
「兄上も。」
ガランとした会議室には20人位は収容できるほどの大テーブルが置いてあり、奥に老人が座ると、光太郎が傍らにそっと控える。
反対側には典明が座り、同じく傍らには小次郎が控える。
長いテーブルに向かい合った二人に、お茶が運ばれると、老人は湯飲みの上の蓋を取り、口を付けた。
「そば茶か。」
「最近、そば打ちなどを嗜んでおりますので。」
「そうか…亡くなった我が兄上も、よくそば打ちをしておられた…。」
老人の眼光が鋭く典明を貫く。
「存じ上げておりますよ、父上。」
典明は素知らぬ顔で返す。
「典明。」
「何でしょう?」
「お前は何を考えておる?」
「何とは?」
「こそこそと飼っておった甲賀者を使って何をした?」
「存じておいででしょう?」
「弁明する気もなしか。」
「弁明? 聞き違いですか? 我が南光院家の悲願でしょう。」
「勘違いするでない! 典明!」
老人の一喝に会議室の空気が震える。
「我らが悲願は南朝が再び表の皇位を得る事、すなわち我が兄の系統をそのまま表の皇統に据える事じゃ!」
「父上、父上こそ思い違いをしておられる。」
「思い違いじゃと。」
「本来なら父上が継がれるべきだったのですよ。」
「儂は異父弟じゃ、いわば皇室の鬼子、男系ではない。」
「ですが、皇族の血は引いています。」
「典明よ…何度も言うたであろう。」
老人の口調は駄々をこねる子供を諭すような口調に変わってきている。
「そういう問題ではないのじゃ。」
「ですが、覇王の資格をお持ちです。」
老人がキッと典明を睨みつける。
「そして、その資格は私にも受け継がれた。」
典明の瞳が怪しく青い光を帯びた。
「は、覇王の瞳、お前にも…。」
「実の子どもだ、不思議ではないでしょう。」
「典明よ、個人の資質と血筋は関係ないのじゃ。お前のその資質は影の天皇を補佐すべきもの。」
老人も瞳に青い光を宿している。
「それでは南朝は滅びます、いや、国そのものが滅びるのです。
より良き資質を持ったものが愚民を統治せねば、日本は持たない所まで来ている。
民主主義?多数決? 人の上に立つ資格も矜持も覚悟もない愚民に判断をゆだねれば、間違いなく国は亡ぶ。
それを救えるのは、我々だけだとどうしてお分かりにならない!」
「では、お前には覚悟があるのか?」
老人は懐からリボルバーを取り出して典明に向ける。
「動くな!」
懐に手を入れた小次郎を、光太郎が制した。
「動けばお前とて容赦せん。」
小次郎は両手を上げて状況を見守る。
「父上…。」
典明は懐からジグ・ザウエルを取り出して老人に向けた。
「典明、南朝の正統は崇継だ、儂らが保護する。」
「させません。」
「では撃てるか、実の親を、親殺しとなる覚悟はお前にあるのか!」
激しい一喝に、典明の決意が一瞬揺らぐ。
「死んでおる。」
老人が蔑むように呟くと同時に、光太郎の投げた短剣が、典明の心臓を貫いた
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