第27話 失われた力
「ジュツが発動しないダト?」
「あの男に何かされたんですか?」
「分からない。」
翔は<梅花の舞>も試してみるが、手のひらからは何も出ない。
その間にも、シルクハットの男は、細身の剣をクルクルと回しながら、こちらを観察している。
「ククク、クックック、これは愉快、愉快ではありませんか!」
シルクハットの男が声を上げて笑い出した。
ダニエル達は隠し持っていた銃を構え、翔は同じく背中に隠していた刀を構える。
「いや、失礼。でもね、クックック。
鉄道、飛行機、高速道路全てに網を張れと言われた時、私は本当は空港を担当したかったんですよ。
だって、飛行機が一番速いじゃないですか! スピーディーッ!」
シルクハットをひょいと投げ上げ、剣の先でクルクルと廻し始める。
「それがまさか、トロトロと車でやって来た挙句、クックック。
あなた、忍術が使えなくなってますね? ユーキャントッ!」
「それはどうかな?」
強がって見せるが、内心は火の車だ。
だが、使えないものに頼っていては、それこそ墓穴を掘ってしまう。
翔は相手に弱みを見せまいと、強がりを続ける。
「全部の交通手段に網を張ってたって事は、お前たちは俺たちの動きを掴みきれてないんだな?」
「ノープロブレムッ!
問題ないでしょう、だって、あなた、ここで死ぬんだから。」
ダニエルたちがジグ・ザウエルの引き金を握る指に力を込めた瞬間だった。
「砂上楼閣・不衡不承」
轟音とともに足元が大きくうねり始めた。
銃の狙いを絞るどころか立っても居られない。
「地震バイ!」
シルクハットの男は相変わらず、剣の先で帽子をもてあそんでいる。
「いや、奴の術だ、幻覚だ!」
「ザッツライッ! 大正解ッ! ご褒美に震度も倍ッ!」
揺れは更に激しさを増し、もはや膝まづいているのさえやっとだ。
横を見ると、座りの悪い軽ハイトワゴンは軒並み横倒れだ。
「あれも幻覚なんですか!?」
崇継が恐怖に押しつぶされまいと叫ぶ。
「こんクソがっ!」
ダニエルが一か八か転がりながら銃を連射するが、弾は明後日の方向に飛んでいく。
「フゥーーリッシュ! このお馬鹿さん!」
シルクハットの男は、軽やかに、小ばかにする様に、ステップを踏み始めた。
「人は空を飛ぶ鳥じゃないのよ! この大地に足を踏みしめて生きている生き物よ!
この青山龍一の<砂上楼閣>は、その足元をが揺らす<幻術ッ>!
私の術にかかれば全ての人間はまさに砂上の楼閣のように崩れ去るのみなのよ!
イッツ、クラゥブルッ!
さぁ、身の程知らずのお馬鹿さんは、芋虫みたいに転がって、這い蹲って死になさい!」
青山はシルクハットを被ると、片眼鏡をクイッと掛けなおし、四人を嘗め回すように見回すと、剣先でレオナルドを指名した。
「まずはその金髪さんね。」
そう言うとボックスを踏みながらジリジリとレオナルドに近づく。
「まぁ、わざわざ私が止めを刺さなくても、このまま踊ってればあなたの脳はシェイクに耐えられなくてバーンッ!しちゃうんだけどねっ!」
恐ろしい言葉を投げかけながら、バカにするように踊っている。
「おい、ダニー!」
「な、なんね!」
「紐だ!」
「はぁ?」
「らーめん屋はチャーシュー紐持ってるんだろ?」
「はっ、も、持っとる!」
翔の意図に気づいたダニエルが、転がり寄ってきてチャーシュー紐を手渡しする。
どうにかこうにか受け取った翔は、その紐を<忍者もやい>に結ぶと、当てずっぽうで放り投げた。
「南無三!」
祈るような気持ちで紐を握る手に、しっかりとした手ごたえが伝わる。
焦点の定まらない目の端に、駐車場の奥に立っている木の枝にしっかりと結束しているのが映った。
(よし!)
紐を掴んで立ち上がり、跳躍しようとする翔を、ダニエルが丸太の様な腕で後押しする。
青山が気づいた時には、翔は木の枝に止まっていた。
「おい、オカマ野郎。」
「何よッ!アンタいつの間にそこにっ!?」
「青山とか言ったな、あんた口調がオカマになってるぞ。」
「うるさいわね! 更に震度倍よっ!」
更に揺れが強くなり、ダニエル達はもはや這い蹲ることしかできない。
「このまま全員シェイック!して、イッちゃいなさいッ!」
翔は、紐を短くして後ろ向きに思いっきり跳躍する。
ブランコの要領で遠心力を付けると、右手に刀を構え青山の方に向かって飛んだ。
青山の言っていた通りだ、空中では<砂上楼閣>の効果はない。
「きぃっ、踏んづけてやるッ!」
青山がへっぴり腰に細身の剣を構える。
「ご愁傷様!」
翔は、青山のおもちゃの様な剣の上から、渾身の太刀で袈裟懸けに切り捨てた。
**********
青山が音をたてて崩れ落ちると、激しかった揺れはピタリと治まった。
だが、周囲を見回すと、重心の高い車は軒並み横倒しになり、そこら中に人が倒れている。
「今の地震凄かったね、震度9位あったんじゃない?」
「いや震度10だろ。」
いち早く立ち直った人たちは、口々に今の地震の凄さを口にして怯えている。
「おい、翔、今の幻覚やなかったとか?」
「分からん、あいつ自身も<幻術>って言ってたけど…。」
翔にも訳が分からない。
「ソレより、イツからダ? ショウ!」
そうだ、今はそれよりも自分の事だ。
「分からない、宇佐神宮での一件以来、忍術を使ったのは今日が初めてだから…。」
「もしかしたら、<霊水>か?」
「そうかもしれませんね…。」
四人は押し黙ってしまった。
まだ、六人残っている風魔一族に、甲賀の蜂谷姉弟、翔の忍術なしに立ち向かう事が出来るのだろうか。
「トニカク、後戻りはデキないんダ、対処法はトウキョウで考えヨウ。」
「そうだな、忍術は使えなくても、さっきの奴みたいに機転と最新の武器があればなんとかなるさ! さぁ、ここで仮眠して起きたら東京だ!」
翔は努めて明るく振舞ってみせたが、心の中は暗澹とした想いに囚われている。
これまでの半生を掛けて習得した、役立たずの忍術。
それがようやく役に立つ時が来たのに…。
忍術の使えない忍者など、もはや何者でもない、<飛べない鳥>それが今の自分だ。
握りしめた翔の拳からは、血が滲んでいた。
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