第26話 待ち伏せ
青のビートル・カブリオレは、朝の日差しを鮮やかに跳ね返しながら、翔と崇継を乗せて、宇佐別府道路を経由して国道10号線に入った。
そのまましばらく道なりに走り、国道212号線から中津ICへと向かう。
ダニエルとレオナルドを乗せたウニモグも、その巨体で周囲を威嚇しながら、軽やかに走るビートルの後ろを猛追している。
朝の病院で谷本から敵の情報を入手した翔たちは、退院手続きもそこそこに、車に飛び乗り宇佐の街を後にしたのだ。
情報を教えてくれた谷本は、
「ほな、アメちゃん用意しとくさかい、せいぜい気ぃつけて行ってきいや。」
という言葉を残して消えていった。
(不思議なヤツ…。)
一度は死闘を演じた翔だが、今ひとつ憎みきれない。
二台の車は、中津ICで東九州自動車に入るとそのまま東上し、東京を目指す。
ウニモグの車内では、レオナルドがノートパソコンを熱心に弄っている。
紗織を奪われた責任を感じているのか、いつになく気合が入っているようだ。
しばらく熱心に手を動かしていたが、今は手を止めて画面を凝視している。
「どげんしたとね?」
「サッキからフタリの信号が動イテル。」
車に乗って移動しているのか、かなりの速度で移動しているようだ。
「トマッタ!」
「そん場所、どこね?」
ダニエルが色めき立つ。
「イマ、調べテル。」
逸る気持ちを抑えながら、キーを叩いてなにやら調べていたレオナルドだったが、やがて怪訝な表情で顔を上げた。
画面に表示されているその場所の名称を横目に見て、ダニエルも怪訝な表情を浮かべる。
「とりあえず、前の二人に知らせたがよかね。」
**********
夕暮れ前の生暖かい空気に包まれた芝生広場で四人はノートパソコンの画面に釘付けになっていた。
「どういう事だ?」
「分かりません、なぜ紗織が南光院のおじさんの家に…。」
「チサは裏切ったンジャなく、サオリを保護シタんじゃないノカ?」
「どぎゃんコツね~?」
「しかし、保護するなら、黙って連れ出さなくてもいいだろ。」
「なんか事情のあったとかも?」
「どんな事情だよ。」
「ワカラナイ。」
「結局、聞いてみないと何も分からない事に、変わりないな。」
「でも、居場所ははっきりしました。」
「そやね、ちょっと安心やね。」
もし、知佐が本当に裏切っていたとしたら、逆に紗織の身は安全だろう。
少なくとも知佐の紗織に対する愛情は本物だ、組織の一員なら人質として丁重に扱っているはずだ。
「ほんならご飯休憩にしよか。」
ダニエルは待ちきれないとばかりにPAの食堂に歩き出した。
<白鳥PA>は、山陽自動車道の途中にあるパーキングエリアだ。
広々とした芝生広場を併設しているため、、長距離のドライブに疲れたドライバー達が思い思いに体を伸ばしてコリをほぐしている。
そして、もうひとつのウリがフードコートの食堂だ。
無料で大盛りをサービスしてくれる食堂は、様々な定食や丼・麺類を提供している。
ただし、よく調べずに下りの白鳥PAで食事をしようと思うと、某牛丼チェーンの定食を食べる羽目になる。
翔たちは、名物の白鳥定食を頼むと、空いているテーブルを確保した。
定食を受け取って、席に着くと山盛りに盛られた定食を一心不乱に胃に掻きこむ。
「東京着いたら、まずどっち先に行くね。」
「ドッチ?」
「日枝神社か南光院かっちゅうこつたい。」
「う~ん。」
翔の気持ちとしては、南光院に行って紗織の無事と知佐の本心を確かめたいのが本音だ。
「先に日枝神社に行きましょう。」
崇継が答えた。
「南光院のおじさんが敵か味方かは分かりませんが、敵だとしても、少なくとも(降天菊花)が手に入るまでは、紗織は安全だと思います。」
「そうだな、逆に敵さんが先に見つけてしまうと…。」
レオナルドは、無言で肩をすくめる。
「でも、その前にベースば見つけんと、東京に居る間シャワーも無か車中生活になるバイ。」
ダニエルが現実的な心配を口にする。
「それについては俺に当てがある。」
翔はそういうと、片目をつぶってみせた。
**********
<海老名PA>は日本でも屈指の規模のパーキングエリアだ、駐車台数もさることながら、その施設の充実振りも目を見張るものがある。
ぶっ通しのドライブで疲れ果てた翔たちがたどり着いたのは、とうに日付も変わった深夜1時。
駐車場の端、できるだけ人目につかない場所に停めて、車外に出て伸びをする。
「さすがに疲れたバイ。」
「あぁ、今日はここで仮眠していこう。」
「そうですね。」
崇継も欠伸をかみ殺しながら答える。
「ネル前にトイレダ。」
四人はトイレに直行した。
海老名サービスエリアのトイレは数が多い割りに清潔に保たれている。
<割れ窓効果>ではないが、綺麗なものは綺麗に使おうという人間の深層心理の成せる技らしい。
しかし、それなら、何も<割れ窓効果>などという言葉を持ち出すまでもない。
美人とブスを見ていれば分かる話だ。
ブスはその容姿のせいで、周りから邪険にされて捻くれて育ち、美人は周りから大切にされて素直に育つのがこの世の常だ。
だが、そのレベルの美人はなかなか居ない。
だからこそ、中途半端な美人は厄介なのだ…。
ズラリと並んだカウンターで手を洗い、外に出ると、ダニエルが缶コーヒーを投げてよこした。
「サンキュー。」
「ありがとうございます。」
崇継には<ビックル>だ。
「ところで、ウニモグの後ろは4人眠れないの?」
「そうやね、ビートルよりは寝心地よかやろうけど。」
「いい、いい、横になれりゃどうでもいいよ。」
前を歩いていたレオナルドが、ふいに立ち止まった。
視線の先、車の方を見ると、シルクハットを被り片眼鏡を掛けた細身の男性がステッキをついて優雅に待ち構えている。
「どげん思う?」
「コスプレイヤーじゃないだろう。」
「ナラ、先手必勝ダ。」
「あぁ。」
小声の相談がまとまった。
「破刻の瞳。」
目の前の男は、シルクハットを取って優雅に一礼し、持っていたステッキの柄の部分を掴んで、中から細身の剣を取り出す。
「キイてないゾ!」
「おい、何で効かんとや! 片目だけで、しかもサングラスやないぞ。」
翔は呆然として答えた。
「術が…、発動しない。」
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