第24話 裏切りの夜

 午前零時


 いつもなら深い眠りについている宇佐神宮の境内は、捜査関係者や救急隊が慌ただしく行き交い、緊迫の度を深めていた。

 人が行き交う参道の影、深い森の中を、翔たち三人は目立たぬように歩いている。


「霊水飲んで生き返ったっちゃけん、スーパーパワーアップしとるかと思うたけど…。」


 ダニエルは、ぐったりと肩にもたれかかっている翔の方を横目に見た。

 しかし、その口調には、どこか穏やかで安ど感の様なものが感じられる。


「さっきまで死にかけてたんですから、そんな簡単にはいきませんよ。」


 反対側から翔の体を支えながら、崇継がたしなめる。

 その口調にもやはり安どの響きがある。


 翔たち三人は、激闘に次ぐ激闘の末、ようやく三人の敵忍者を討ち果たした。

 目的であった(降天菊花)は見つからなかったが、それに繋がると思われる手掛かりも見つけた。


「今日の所はひとまず安心だろう。」


 二人に体を支えてもらいながら、翔もようやくひと心地付いた。


「少し休んで、翔が回復したら、東京やね。」


「すみません、僕のために。」


 崇継が、ためらいがちに頭を下げる。


「乗りかかった船だ。それに、ここまで来て(降天菊花)の本物を見れなかったら死んでも死に切れない。」


「なんや、翔はそれで生き返ったとね?」


 三人は声を殺して笑った。


「それはそうと、紗織ちゃんはどげんするね?東京に連れて行く?」


 翔もその事は気になっていた、いくら当事者と言えど、まだ十歳にもならない女の子だ、この事態は血なまぐさすぎる。


 それに…。


「紗織ちゃんは置いて行く。…あと、九条もだ。」


 翔は、知佐もこの事態に巻き込みたくなかった。


「紗織にも護衛は必要ですからね。」


 翔の気持ちを知ってか、崇継がフォローを入れる。


「そうやね。」


 ダニエルがニヤニヤしながら言葉を続けた。


「そしたら、男だけの四人旅やね!」


 嬉しそうに言う。


「そうですね、わくわくしますね!」


 崇継は心の底からそう思っているようだ。


「むさくるしい旅になりそうだ。」


「そげんこつ言うならもう支えてやらんばい!」


「そうですよ!」


「ごめん、ごめん、俺も楽しみだよ。」


 少しだけ本心だった。



 ***********


 神橋は規制線で封鎖されていたので、人目を避けて通り抜けるのにしばらく時間がかかったが、なんとか三人は旅館のエントランスを潜り抜けた。


(何かおかしい。)


 ダニエルも妙な気配を感じているようだ、自然と足の運びが慎重になる。

 知佐たちが待っているはずの部屋からは、ドアのすき間から僅かに灯りが漏れているが、人の気配がない。

 翔とダニエルは目で合図を送り合った。


 バンッ!


 翔がドアを開け、ダニエルが銃を構えて中に飛び込む。

 続いて翔と崇継が飛び込もうとするが、ダニエルが動かない。


「どうした?」


 翔がのぞきこむと、レオナルドがうつ伏せに倒れている。

 首元の頸動脈に手を当てて、脈を診る。


 脈はあるようだ。


 ダニエルに合図を送る。

 翔が和室へと続く襖を開け、ダニエルが踏み込む。

 中はだ。

 小上がりから繋がっているトイレと浴室にも人影はない。


「どうなってるんだ?」


「とにかく、レオナルドさんを起こしましょう。」


 ダニエルが、レオナルドの上半身を起こし、喝を入れて目を覚まさせる。


「ウ、ウーン。」


 徐々にレオナルドの目の焦点が合ってきた。


「大丈夫か?」


「アァ…。」


 こめかみに手を当て、頭を振っている。


「どうした? 何があった?」


。」


「何てや?」


「二人ともか?」


「イヤ、サオリだけダ。」


「じゃあ、知佐は?」


 翔は最悪の答えを想像して身震いした。

 だが、帰って来た答えは想像を超えて最悪だった。


。」


 翔は糸の切れた人形の様にその場に崩れ落ちた。



 **********


 少年は怒りとも羞恥ともつかぬ感情で顔を真っ赤にして立ちすくんでいる。


(俺の事理解してくれるのは誰も居ないのか?)


 少年はあえぐようにゆっくりと周囲を見回した。


(いた!)


 視線の先では、柔らかく暖かい視線が少年に向けられている。


(あぁ、やっぱり優しい・・俺を分かってくれるのはやっぱり知佐だけ・・・その眼をもっと見せてくれ・・・)




 翔はまどろみの中で目を覚ました。


 目に映る見慣れない白いソーラトンの天井板が、現実に戻るのを妨げている気がする。


 ここはどこだ?


 周囲を見回してみるが見覚えは無い。

 どうやら病室の様だ。

 鉛のように重い頭で、最新の記憶を呼び覚まそうとする。


 あの日、俺は<梅花の舞~乱舞~>で敵を倒す事には成功したが死にかけた、それを霊水でなんとか命を繋ぐ事ができた。


 …その後だ。


 レオナルドの言葉が脳の中でリフレインする。


 


「嘘だ!」


 翔は上半身を跳ね起こした。

 はずみで点滴が倒れる。


「翔さん、ダメですよ寝てないと。」


 崇継たち三人がちょうど見舞いに来た。


「気づいたごたるね。」


「俺はどの位寝てたんだ?」


「丸二日。」


「ショウ…。」


 レオナルドが気遣う様な視線を向ける。


「レオ、聞かせてくれ。」


「ボクにもヨク分からないンダ。

 トツゼン、二人組のダンジョが侵入してキテ、ボクは男のホウと揉み合いにナッタ。」


 翔が視線で続きを促す。


「ソシたら、チサはオンナの方に<これはみかど様のご命令なの?>ッテ聞いてたンダ。」


「まさか!」


「ホントウさ、オンナの方は肯定したようダッタ。ソレを聞いて<分かった>ッテ。」


「くそっ!」


 翔が点滴をむしり取り、ベッドから降りるのをダニエルが必死に止める。


「ボクも揉み合いの途中ダッタから聞き間違いカモしれナイ。」


 何かの間違いだと思いたかった。

 一緒に居たのは短い間だけだったが、知佐の紗織への愛情は本物だった。

 自分への愛情はともかく、それだけは間違いない。

 そんな知佐が何故?


「くそっ、何でだよ。」


 翔は、力なく自分の膝を叩いた。


「ホンニンに直接聞いてミルしかナイナ。」


「???」


 レオナルドがノートパソコンの画面をこちらに向ける。

 その画面には、地図が表示され、その上に二つの点が寄り添うように赤く点滅している。


「これは?」


「発信機ダ。」


「そげんかもんいつの間に仕込んだとね!」


「チナミに、キミらにも付いてるゾ。」


 スクロールさせた画面には三つの点が集まって青く点滅している。


「フタツの点が居るのは、トウキョウの葛西という町ダ。」


 翔の目に希望の灯りが灯った。


「よし、行こう!」


「どのみち、東京には行かないけんしね。」


「東京に行くなら、南光院のおじさんに、力になってもらえるかもしれません。」


「ナンコウイン?」


「お爺さんの妹の子どもに当たる方で、お爺さんはおじさんの事特別かわいがっていました。

 父も兄の様に慕ってましたし、きっと力になってくれると思います。それに…。」


「それに?」


「それに、お爺さんの入院してる病院の院長なんです。」


 崇継のお爺さん、つまり裏の今上天皇陛下は、現在末期がんで入院中だ。

 知佐が、『崇継と紗織は二人ともお爺ちゃんっ子だ』と言っていた事がある。


「よし、東京に行って、必ず紗織ちゃんを助けよう!」


「(降天菊花)も手に入れるバイ!」


(そして、何としても知佐に会って、話をするんだ)


 翔は心に誓った。



 **********


 2019年(平成31年)4月10日


 ~東京・


 長く薄暗い廊下には、朱色の絨毯が敷き詰められ、等間隔に並べられた花台の全てに菊の花が活けてある。

 船底のような形に折り上げられた天井には、杉板が格子状に組み込まれ、天井と壁の境には、歴代天皇の肖像画が100枚以上掲げられていた。


 その廊下に長く伸びる影が一つ。

 その影は、廊下の突き当りを右に曲がって、正面の扉をノックした。


「入れ。」


 地獄の底から響いてきたような低い声が、入室を促す。


「失礼します。」


 部屋の正面に、頭の先まで隠れるハイバックの椅子が背中を向けている。


「お呼びでしょうか、。」


 ハイバックの椅子がゆっくりと回転し、みかど様と呼ばれた男が顔を見せて答えた。


「ご苦労だったな、。」

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