第5話 未成年を自由にする権利は誰にもない?

「と、言うわけでだ。俺は帰らせてもらう」


「何が『と言うわけ』なのよ」


 兎毬トマリの屋敷に戻って早々、俺は帰宅の意思を告げた。


「サワちゃんに私の国を案内してもらって、この国の魅力のとりこになったんじゃないの?」


「なるかボケ!………まぁ紗羽サワのように、この国に満足している『国民』がいる事はわかった。だからお前はせいぜいお前を信頼する国民の為に、住みやすい生活環境を作ってやればいい。だが俺がここに住む理由は無い」


「ふぅん。で?あなたは帰ってどうするの?」


「決まってるだろう。調査してたなら俺の夢は知っているはずだ。警察官になるために、まずは採用試験を受けて警察学校に……」


「ああ、これね?」


 そう言って兎毬トマリは封筒を取り出した。

 それは俺がここに拉致らちられて来る前、持参していた警察官採用試験の申込書類の入った封筒だ。


「おまっ!それ返せ!!」


「別にいいけど。はいどうぞ」


 俺は引ったくるように兎毬トマリから封筒を取り返した。

 念のために中身を確認するが、特に何か細工されたような変化は見られなかった。

 仮に何かされていたとしても、面倒だがもう一度書き直せばいいだけなのだから、俺に被害など無いのだが。


「まぁいい。それじゃあ俺は帰らせてもらう」


「いいけどぉ………どうやって?」


「どうって………」


 そう言えば、ここは日本のどこなんだ?

 たしか「中部地方のどこか」みたいな事は言っていた気がするが、具体的な場所までは聞かされていない。


「ふん。それで脅しているつもりか?ここの正確な場所はわからんが、歩いてでも帰るさ。民家のひとつでも見つけられりゃ、あとはどうとでもなる」


「そう?………まぁいいわ。でもせめて今夜くらいは泊まっていきなさいよ。そろそろ日も暮れる時間だし、今からじゃ確実に山の中で野宿よ。仮に徹夜で歩いたところで、明日の朝までにここの敷地外の一番近い民家にすら辿り着けない事だけは断言するわ」


「ぐっ………」


 悔しいが、夜の山奥で野宿した経験なんて無い。

 警察官を目指すなんて偉そうな事を言っていたものの、俺はまだ高校を卒業したばかりのガキで、サバイバルの知識なんてほとんど無い。


「………わかったよ。今夜だけは世話になる」


「いいお返事ね♡」


「勘違いするなよ!お前は俺の同意も得ずにここへ連れてきた誘拐犯なんだからな!俺の身に危険が及ぶほどお前の罪が重くなるんだって事を忘れるな!!」


「はいはい。………ところで今のセリフはツンデレっぽくて、とても良かったわよ♡」


「お前を喜ばせるために言ってんじゃねーよ!!」


 まったくこの女………少しも悪びれた様子が無いどころか、余裕すら感じられる。

 俺に対して罪悪感を持てとは言わないが、少しは反省の色を見せてもらわないと気分が悪い。


「ところで翔琉カケルくぅん。君は私の事を犯罪者みたいに言うけどさぁ、私だってちゃんと許可は取ってるのよ?」


「ああ?」


 この『兎毬トマリ王国』の事か?

 いや、これは許可ってより、自分の敷地内で好き勝手やってるだけの金持ちの道楽みたいなもんだろ。

 法に触れない程度なら好きにしろとは思うが………ん?

 よく見ると兎毬トマリは、先ほど俺に返した警察官採用試験の申込書類とは別に、白い封筒をピラピラと揺らして見せていた。


「………何だそれ」


「中を確認してみなさい」


 そう言われて俺は兎毬トマリから封筒を受け取り、中を改める。

 中に入っていたのはA4サイズの紙切れが1枚のみ。

 そこにはこう書かれていた。



『保護者同意証明書』



 一番上の文字を読んだだけで頭がクラっとしたが、そこから下の文言もんごん大方おおかたの予想にたがわず、俺の扱い諸々もろもろ穂照ホテル 兎毬トマリに委ねるだの何だの、云々うんぬん………。

 そして一番下には俺の父親、『岡尾オカオ 長大ナガヒロ』の直筆署名とハンコ。


「ちなみに翔琉カケル君の年齢は?」


「………18歳………未成年だから、保護者の許可は得ているとでも言いたいのか?言っておくが、保護者が許可したからと言って何でも許されるわけじゃないぞ!」


「そう言うと思って、もう1枚♡」


「………まだあるのか」


 畳み掛けるようにもう一通の封筒を差し出す。

 俺は乱暴に二つ目の封筒を奪い取り、中身を取り出す。

 それは許可書とかそういうたぐいではなく、手紙だった。



『翔琉へ』



 その汚い字を見た時点で誰が書いたものかすぐにわかった。

 この手紙を書いたぬしを知らない者が読んだなら、おそらく10人中10人が男が書いたと思うだろうが、残念ながら女だ。

 それも最悪な事に、俺がこの世で最も尊敬する女性、鮒井手フナイデ アカの字だった。

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