第4話 真面目な少女は静かに暮らしたい

 先ほどまでいた場所から歩き始めたところで紗羽サワが俺に尋ねてきた。


「あの………ところで私は何とお呼びしたらよろしいでしょうか?岡尾オカオさん?翔琉カケルさん?」


「ああ、別にどっちでも好きなほうでいいぞ。………あー、ただフルネームで呼ぶのだけはひかえて欲しいけど」


「わかりました。では………岡尾オカオさんと呼ばせて頂きますね」


「ああ、それでいい」


 お互いの呼び方が決まったところで紗羽サワの案内を受ける事になった。

 と言っても、見渡す限りだだっ広いだけのこの『兎毬トマリ王国(仮)』で何を案内してもらう必要があるのかって気もするが。

 案内役の紗羽サワもほぼ同じ事を考えていたらしく、「う~ん」と、どこを案内しようか悩んでいる様子であった。


「それでは………私の仕事場を見て頂けますか?」


紗羽サワの仕事場?そう言えば紗羽サワはここでは何をやっているんだ?」


「見えてきました。あれです!」


 そう言って紗羽サワが指差した先には小さな畑が見えた。

 これはキャベツか?

 それほど広くない畑に敷き詰められるようにボール状のキャベツが並んでいる。

 これを紗羽サワが一人で世話しているのだろうか。


「今はまだこれだけですが、慣れてきたら少しずつ規模を広げていこうと思っているんです!」


「なるほどな。紗羽サワはこの国の農業担当って事か」


「いえ、そこまで厳密に担当が決まっているわけでは無いですが、野菜作りをしているのは今のところ私だけですね」


 兎毬トマリから理想の国作りの話を聞かされた時はあきれたものだったが、国民の一人であるこの紗羽サワに関しては思ったよりもずっと真っ当に自分の役割を果たしているようだった。

 そして何より真面目そうだ。


紗羽サワは農業がやりたくてここに来たのか?」


「いえ、そういうわけでは無いんですが………」


 紗羽サワは少し言いにくそうに顔を伏せる。

 もしかしてデリケートな部分に踏み込んでしまっただろうか。


「農業はここでの私の役割を何か持ちたくて始めたもので、一番の理由は普通に勉強がしたかったからなんです」


「勉強?そう言えば紗羽サワって、としはいくつなんだ?」


「16歳です。学年で言うと高2ですね」


「え………それじゃここには学校もあるのか?」


「学校というよりは塾に近いですけど、一応ありますよ。私と同じくらいの年齢の子も数人いますので」


「勉強がしたいと言うなら、こんな所じゃなくても良かったんじゃないのか?もっと普通の学校でも………」


「小さい頃は普通に学校に通えていました。でも中学生になると、その………私の名前のせいで………色々からかわれるようになってしまって」


「あ………」


 そうか、そういう事か。

 紗羽サワの『瀬久原セクハラ』という苗字が理由だ。

 確かに小学生くらいなら気にならないかもしれないが、さすがに中学生にもなればその名前に含まれるに気づいてしまう。

 そして一度気づかれてしまえば、中学生くらいの年頃の子供なら喜んでイジリの対象にしてしまうだろう。

 そうなってしまえばとても学業に専念できるような環境じゃない。

 俺も同じ、名前にコンプレックスをもつ者だからその境遇を想像するのは難しくない。

 と言うよりも、何故その可能性にすぐに考えが及ばなかったのか。

 少し想像力を働かせれば気づきそうなものなのに。

 特に俺ならば………。


「すまない。嫌な事を言わせてしまって」


「いえ、気にしないでください。今は私、毎日とても充実していますから!」


「そうか」


 少なくとも紗羽サワにとってはここは『良い国』という事のようだ。

 兎毬トマリの動機はともかく、こうして救われている者も確かに存外している事だけは認めるしかない。

 まぁ、アイツのやろうとしている事に賛同して集まっている者達がいるならば、その人達にまで文句を言う筋合いは最初から無い。

 となれば、あとは賛同していない俺がここに連れてこられた事だけが問題なのだから、とっとと文句を言って帰らせてもらうとしよう。


「………さてと、案内ありがとう。少し早いが俺は兎毬トマリの屋敷に戻らせてもらうよ」


「え、もうよろしいのですか?」


「ああ。紗羽サワも自分の仕事に戻ってくれ」


「はい」


 俺は紗羽サワに別れを告げ、兎毬トマリの屋敷へと戻る事にした。

 兎毬アイツのやりたい事とやらに賛成も助力もしないが、邪魔もしない。

 頭にきてはいるが、俺を無理矢理ここへ拉致して来た事もとりあえず事件として告訴したりはしない。

 俺が今やるべき事は一刻も早く帰り、夢への第一歩である警察官採用試験を申し込む事なのだから。

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