第12話 スターバックス〜源氏名で無事回避
「名前は?」
「ケイト」
一緒に列に並んでいた、久しぶりに会った友人が、ぎょっとした顔で私を振り返る。
「ちょ、えっ、ケイト?」
「そうそう、私のスターバックスネーム」
友人がまだキョトンとしているその横で、いちばん仲良しのなっちゃんがニヤニヤしている。
無理もない。普段はずっと日本語の名前で通しているので、友人はケイトなんざ聞いたこともなかったはず。
なっちゃんが、「あれ、この間までケイティじゃなかった?」と聞く。
「そうなんだけどさ、それでもまだスペル聞かれるからケイトにした」
スターバックスで、かれこれもうどれくらいお金を落としてきたのやら、考えるのも怖いくらいなのに、移住してしばらくたっても、あいも変わらず注文する時に緊張していた。
「ノ、ノンファット、トールラテ」
「他には?」
「それだけで」
スマホのスターバックスのアプリで淀みなくピピッと決済。
「名前もらえる?」
「○×子」
「……スペルは?」
「○、×、△、……」
「……えっと、もう一回いい?」
焦る。
「名前なんぞ、なんとなく雰囲気があってりゃいいよ」と思うが、律儀にカウンターのお姉さんは聞いてくる。
ただでさえ、スターバックスの注文は長ったらしくて、手こずるってのに……。
そこで、私は考えた。
別に本当の名前じゃなくっても問題ないんだから、ものすご〜く流通してる英語の名前を使えば、尋ねられることもなくなるんじゃないのか?
ナタリー、スカーレット、エマ、クリスティン……。
だめだ、どの名前も、アジアの平坦な顔立ちの私には縁遠すぎて、名乗る勇気がでない。
そこで、ひらめいたのが私のイニシャル。
KTなので、読みはケイティ。
よく書類とかに記載するので、若干、抵抗が少ない。
これでいってみよう。
まずは、自分一人で決行。勇気を持って、自然な感じで「ケイティ」言ってみた。
やった。スペル聞いてこない。作戦成功。
そして、ケイティにもうすっかり慣れた頃、なっちゃんとスターバックスに行く機会があった。
「名前は?」
「ケイティ」
素で答える。
途端に隣でなんか、なっちゃんがあたふたしている。
「あ、毎回毎回、名前のスペル言うのがめんどうで、イニシャルのKTにしたの。ほんと快適。お店の人にも優しいアイデアだと思うんだよね〜」と、しれっと告白。
なっちゃんも通称が、「ナット」なんだけど、「マット?」ってまるっきり男の人の名前で聞き返されたりするらしく、私の源氏名作戦にえらく感心していた。
ついでに、その会話を聞いていたカウンターのお姉さんも笑いながら、「ウンウン」うなずいている。カナダはいろんな人種がいるから、名前に相当手こずっているとみた。
ところが、いつものように「ケイティで!」と頼むと、「……スペルお願いできる?」と聞かれることが増えてきた。
「ケイティすら通じないのかよ」と、ガッカリしていたら、どうやら、ケイティという発音のスペルが複数あって、「間違っては失礼」とかの配慮なのかなんなのか知らないが、どっちのスペルが正解なのか、いちいち聞いてくる。
ここカナダでは、たいていのことは適当で大雑把なくせに、なんでこんなところで、いきなり細かいのか。 スペルなんぞどうでもいいし、そもそも『ケイティ』ですらない『○×子』っていう、ザ昭和な名前なのだ私は。
そこで、またまた私は考えた。
ケイティがダメなら、もっと短く『ケイト』でどうだ。ケイトならスペルは一種類しかあるまい。
ということで、長い試行錯誤の上で、私の源氏名はケイトで落ち着いた。
もはやスターバックスに限らず、どうでもいい場面で名前を聞かれると、いつでも、臆面もなく、私は『ケイト』だ。
日本から来た友人にもおすすめしていて、最初はみんな抵抗あるんだけどすぐに慣れて、異国で違う自分になった感じで、けっこう楽しんでいるっぽい。
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