第9話 小児病院(後)〜モルヒネいっとく?

 看護師さんが、動き回る気配で目を覚ます。


 なんだか、いぎたなく寝ているのもなんなので、上半身だけ起こして、看護師さんが、カチャカチャと機械や点滴の状態をチェックしている様子をぼんやり眺めた。


 ひと通り作業が終わった看護師さんが出ていくのを見届けると、とっととまた眠りにつく。


 1時間後。


 今度は、息子が痛みを訴え、目を覚ます。痛みがあるときと、ナースコールを押すように言われている。やってきた看護師さんが「どんな痛みなの?」私に聞かく。


 どんな痛み?


 どうやら、単純に外科手術による痛みと、骨の形成手術なので周りの筋肉が引っ張られて痙攣状態を引き起こす痛み、によって薬が違うらしい。


 初日の夜にそんなことわかるわけもなく、看護師さんがしばらく部屋にとどまって、痛みによる状態の違いを説明してくれた。


 スポイトで鎮痛剤を与えられた息子は、しばらくして、ようやくまた眠りに落ちた。


 またまた1時間後、看護師さんのチェック。


 今度はもう起きないぞ。


 耳をすませば、せっかく寝ている息子に、なにやら話しかけている様子。その直後に、ギャー、と息子の叫び声&泣き声。


 なにごとかと尋ねると、硬膜外麻酔(カテーテルで直接背骨に麻酔剤を流し込む)が、どこまでの範囲で効いているか確かめるために、体のあちこちを氷の入った袋を押し当てて、冷たいか、冷たくないか、感覚があるか、無いかを本人に申告してもらうという。そんな、ものすごく原始的な確認作業を数時間おきにしなければならないという。


 寝入っているとこに、いきなり氷を当てられるって、寝起きドッキリよりひどいんじゃなかろうか。


 しかし、母さん、なんにもしてあげられない。

 じっと遠巻きに見守るだけ。

「明日、ポケモンのおもちゃ買ってきてあげよう」などと決意するのが精一杯。


 そして、この看護師さんの定時チェック、息子の痛みでのナースコール、備え付けの何かの機械のアラーム音、のループで、ろくに眠れやしない。


 ふらふらのまま、朝を迎えた。


「昨日は息子くん、痛みはどうだった?」

「薬は効いてる?」

「食欲はどんな感じ?」


 誰だかわからないいろんな人が、入れ替わり立ち代り部屋に入ってきては、英語で矢継ぎ早に質問してくる。


 寝てないのに。

 コーヒーも飲んでないってのに。


 しかも白衣を着てない人がほとんどで、誰が誰だかわからない。頼りは首にぶら下げている身分証明のカードだけども、じろじろ見るわけにもいかず、「それで、あなたは誰?」と思いつつ質問に答えていた。


 担当医くらいは覚えていると思ってたのに、白衣に手術帽とマスク姿の怪しい出で立ちで部屋に現れたせいで、途中までまったく気づかないまま会話していた。


 そもそも医療関係の用語が難しすぎて、一回聞いたくらいじゃ、まったく覚えられない。


 小児科医、痛み専門医、手術担当者、理学療法士、作業療法士などの職業名と担当者の名前、薬剤名に、病名に、痛みの症状の説明だったり、ろくに寝てない頭には、アルファベットが脳内をさわやかに駆け抜けていくだけ。


 私は夜間の付き添い担当だったけど、夜勤の看護師さんも、「痛みどめどうする?」とか、普通に聞いてくる。


 なぜ私に?


 最初は戸惑っていたけど、あまりにも聞かれるので、「これは何だ、親の役割なのか?」と腹をくくって、それからは、その日の投薬の状況を記録しておいて、


「さっき、XXのませたから、これでダメならXX、それでも効かなかったらモルヒネお願いします」


 とか、


「どうも、今回の痛みは、筋肉の痙攣からくるものっぽいから、XXXじゃなくって、XXXの方がいいと思います」


 とか看護師さんにきっちり頼めるようになった。


 そう、モルヒネも投入。


 モルヒネって、もっと、なんか、人生の最後あたりで登場する近寄りがたい薬だと思ってたから、看護師さんの「これでダメならモルヒネね」みたいなハードルに驚いた。


 痛みのコントロールがだんだんうまくいって、痛みで目を覚ますことが少なくなったとはいえ、相変わらずの定期チェックや、投薬や、氷チェックで目が覚め、質のいい睡眠からはほど遠い日々。


 日中に元旦那とバトンタッチして、即、家で仮眠をとる生活。


 病院に戻るために外へ出た瞬間に、意識朦朧で適当につかんで着たTシャツが黒地にどでかいドクロ柄で、「これはまずいだろ」とあわてて着替えに戻ったり。


 そんな中、娘はリクライニグチェアで毎夜爆睡。


 日中は息子と備え付けのテレビの子供番組を見て大笑い、残った食事をつまみ食い、と、病院滞在を満喫中。


 まあ、息子の気分転換や、ちょっと留守にするとき、部屋に残ってもらったりと、けっこう助かったのは認めるが。


 そういえば娘に留守を頼んでいた時に、部屋に来た誰かに、「あなた、お母さん?」と間違われ、別の日は「あなた、妹さん?」と聞かれ「どうなってんのよ」と憤慨していた。


 娘は息子より3歳年上のお姉ちゃん。


 アジア人の年はわからないとは言われるけど、ここまでとは。


 そんな中、アラフィフ母さんは、退院の日まで、他の付き添い家族同様、きっちり日々ゾンビ化していったのだった。





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