15日目 PM

去るメイド 1

§


「どう思う?」


 ジョーンズ氏が去った後、私たちはフローレンスの客間に移動して、例の模写を前に膝をつき合わせていた。


 午前の早い時間に雨雲とともにやってきたジョーンズ・トレイドは、フローレンスの描いた模写を「素晴らしい」と評価しつつも、盗まれた乙女の肖像の証拠品として押収したがった。けれどフローレンスは頑なに受け入れず、結局ジョーンズの方が折れることになったのだった。


「今日のところは諦めて帰りましょう。ですが明日にでも、我々はアッシュ家を捜査するつもりです。そのときに、ブライト伯爵にその模写を突きつけてやりたいのですよ。先方が拒否しようと、アトリエの一室も見せていただけない今の状況では、あまりに彼らが疑わしいと言わざるを得ませんからな。ご協力願えますね?」


 フローレンスは頷かなかったが、ジョーンズは満足げに帰って行った。捜査の重要な切り札を手に入れたと思ったらしかった。


 どう思うか、と聞かれたウィリーは「これは記者として──というより個人的な疑問だけどな」と前置きをしつつ見解を述べ始める。


「俺は絵についてはわからないが、それに群がる人間についてならよく観察してきた。収集家コレクターってのは、単純に美術品が好きな奴か、ステータスとして欲しがる金持ちかのどっちかさ。だからこそ、シルバの盗みの動機が分からない。奇妙だよな。金のためでもない、名誉でもない……残るは怨恨の類かもしれないが、ブライト伯爵との関係が悪いようには、俺には思えないんだよ」


 そうだろ、とウィリーは鳶色の目を眇めてフローレンスを見やる。フローレンスは頷き、ティーカップを置いて静かに口を開いた。


「義理とはいえ、あの親子関係は昔から良好だったように思える。その証拠にゴルド先生は、ブライト家の全財産をシルバに継がせるつもりらしいし、新しい画塾の経営だって彼に任せているらしいから」


 私は二人の話を聞きながらずっと、そわそわと落ち着かない気持ちでいた。


(以前、シルバ様が登城したとき──フローレンス様やブライト伯爵の絵を、あまり良く言ってなかったこと……伝えた方がいいのかしら……?)


 それを伝えることは、私にとって非常に難しい問題だった。盗み聞きしていたことの言い訳をしなくてはいけないし、なにより人の悪口を言うようで気持ちのいいことでもない。


(それに、あれが事件に関係があるのかどうか……)


 二人の空っぽのティーカップに新しく茶を注ぎつつ、私はなかなか考えがまとまらずにいる。ちょうどポットも空になったところで、一旦この場を離れることに決めた。


「……あの、お茶のお代わりをお持ちいたします」

「おう、頼むわ。腹も減ったし」

「お前……ここで食べるつもりか?」


 まるで自分の部屋のようにくつろぐウィリーを、フローレンスがあきれたように眺めて言う。


「いーじゃんいーじゃん、このまま作戦会議と洒落込もうぜ」

「では軽食もお持ちいたしますね。フローレンス様も召し上がりますか?」

「……そうだな。とてもじゃないがキャンバスに向かう気持ちになれない。ところで」


 私が退出しようとすると、フローレンスは腕を組んで考え込んだまま、視線だけを寄越した。


「先生のところに送った手紙の返事は、まだ届かない?」

「ええ……そうですね。昨日の昼には届いているはずなのですけれど」

「そう。こうなったら警察より早く、先生に直接訪ねるのが良いと思う」

「今日、お出かけになると言うことですか?」

「まぁ、返事を待たずに出かけて、僕らも門前払いされる可能性はあるけど」

「それなら私が、直接返事を伺って参ります。さいわいアッシュ家には知り合いの使用人がおりますし、お屋敷は徒歩で行って帰ってこれる距離ですから」

「ああ、あのメイド……そう、それなら君に任せるよ」

「はい!」


 役立てることがあるのは嬉しい。私たちのやり取りを、ウィリーは意味ありげににやつきながら見ていたが、やる気になった私はそれを無視して部屋を出た。


「なぁ、いっそシルバ・ハワードに直接問い質すのはどうだ?」


 ウィリーが名案を思いついたとばかりに身を乗り出すが、フローレンスは首を振ってすげなく一蹴する。


「シルバは領地と屋敷の往復で、僕にはほとんど居場所がつかめない。それこそ手紙で事前に、訪問日時を取り決めておくくらいはしないと」

「はぁ、貴族様はお忙しい。マナーだ礼儀だ慣習だと、一々面倒くさいねえ」

「全くの同意だ」


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