ウィリーのひみつ 3

 私が迂闊に喋ってしまうことで、フローレンスやマダムに悪い影響はないだろうか。もし、盗難画に関わったということで彼らが拘束されたりしたら……。


(使用人は、黙っていた方が……?)


 私は迷った。もし、ここにフローレンスが居たら、どう答えるだろう。


 花と芸術を愛する気高い主は、この場を誤魔化そうと必死な私の姿を見たら、どう思うだろうか。


(……フローレンス様ならきっと、真摯に説明されるわ。前に言っていたもの。自分の気持ちに正直に、って)


 彼が私に似合うと言ってくれた、白いマーガレット。しなやかに真っ直ぐ天を向く花。嬉しかった。私の中の彼のイメージもまた、あの花だから。


(……そんな風に、私もなりたい)


 顔を上げる。ジョーンズの目を見て、私は口を開いた。


「フローレンス様は──私たちは、ブライオニー荘の、マダム・クレールのところに行きました。ある絵を、フローレンス様に見てもらいたいという依頼があったので。彼は手紙を読んですぐに出立しましました。私はそれを追いかけて……城を抜け出すのをウィリーに手伝ってもらい、一緒に辻馬車に乗りました。朝食後、9時くらいだったと思います」


 ジョーンズは「ほう」と興味深げに呟いて、続きを促した。


「私にはマダムのお家を訪問する理由が必要で、家庭教師だと偽り──結局はバレてしまいましたが──、玄関でウィリーと別れました。そのあと彼が何をしていたのかは、知りません」

「ふむ。ではレイ・フローレンスはどうなのだ。絵は見ることができたのか?」

「……ええ。マダムの絵は……不思議な絵でした。古くて新しい、完成しているのに欠けた油彩画です。マダムは、あれがゴルド・アッシュの『乙女と四季』の一部ではないかと期待していたようですが」

「なんと。盗まれた『乙女』?」


 思わずといった風に身を乗り出して口を挟んだのは、レンブラントだ。


「だからフローレンス様に、鑑定の依頼を?」

「なるほど。あなたがたはこのことを我々警察に届けず、秘密裏に動いていたということですな」

「……マダムのご事情を慮ってのことです。亡くなったご主人からの贈り物の絵だそうで……フローレンス様に悪気があったわけではありません」

「エイミー、その絵は本物なのか? いや、実際に見たフローレンス様が我々に何も語られないということは、つまり……」

「それが、わからないのだそうです。だから、フローレンス様はブライト伯爵家へ直々に会いに行く予定でした。模写は完成しておりますから」


 聞くや否や、ジョーンズは手帳を手に立ち上がった。


「ではその絵を見せてもらおうか。実はこの件、我々の捜査も佳境に入りつつある。ウィリー・ロックもついてくるように。彼の身柄は、しばしセントラル警察の方で預かります。いいですね、ミスター・レンブラント?」

「……ええ、承知いたしました」

「なぁに、事件が収束すればただの庭師に戻れるでしょう。なぁ?」

「へいへい。あー、退屈しのぎのはずが、とんだ大事になりつつあるなぁ」

「えっ、今からアトリエへ? そんな、急には困ります……!」

「アトリエに隠しものでも?」

「まさか!」

「では問題なかろう。主人に許可を取ってきたまえ、メイドのお嬢さん」


 ジョーンズはウィリーを引き連れ、勝手知ったる様子で城内へと向かう。許可もなにも、大股で歩く男たちの背を追って、私は小走りについて行くしかできない。


「どういう事なの、ウィリー。あなた、何か悪いことをしたのではなかったの?」


「いやいや〜、俺はレンブラントさんの指示で動いてただけで、エイミーは俺に利用されただけってことを証明したってことさ」

「なに、それ? 私、利用された覚えなんてないわ。レンブラントさんはあなたに何を指示していたの?」

「もちろん庭木の剪定さ。目立つ枝を、ちょちょいとね」

「ウィリー!」

「……こいつは、記者だ」


 皮肉めいた笑みを浮かべたジョーンズが答えた。


「宮廷内の大小さまざまなありとあらゆる事件の顛末を書いてきた、唯一の男だ。最近は『乙女』の騒動について色々と嗅ぎ回っているようでね。せっかくなのでご協力願おうと。不法侵入の件は、それで相殺してやろう」

「だーかーら、あれは許可を取ったってぇ」

「き、記者?」

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