花と宮廷画家 3

 まさか、彼女が──澄まし顔で外出を見送った専属メイドが、自分の後をつけてくるとは思わなかった。


(真面目すぎるくらいの女性だと思っていたけど。僕の目もまだまだだな)


 まじまじとしたレイの視線を気にしてか、エイミーは居心地悪そうにエプロンの裾を整えたりしている。


「そ、そういえばフローレンス様。マダムのところで見た花と乙女の模写、午後のうちに描けたのですか?」

「ああ、描いた。ただの鉛筆画だけど」


 レイは新しいスケッチブックをぺらりとめくり上げ、白黒の荒い線画を彼女の前に広げてやった。横から覗き込んだ彼女は「わぁ」と、抑えきれなかった歓声を上げる。


「ただの、だなんてご謙遜を……! すごい描き込みですね。ほころぶ花の影形も何もかも完璧に再現した模写……さすがです」

「まぁ、色はなくとも描いた本人ならわかるだろうし。というか描いてみて思ったんだけど、やっぱりどこかゴルド先生らしさもあるんだ。先生本人が、乙女と四季は自分の原点だと仰っていたくらいだから、筆致に見覚えがあるのはもしかすると当たりなのかな。悩ましい。僕の目でも判断できないとは」

「ご本人に伺うのがよろしいのでしょうか……。改めてこうして見ると、やっぱり私には、この手の感じが花を生ける乙女に見えます」

「そうかもしれなし、違うかもしれない」

「絵って面白いですね」


 エイミーはほんの少し砕けた感じに呟いて、まだじっとレイの描いた花と乙女を眺めている。その横顔から得たひとつの思いつきを気に入って、レイは「ふむ」とソファで腕を組んだ。


「ちょっと君、そこに座ってみてくれないか」

「えっ? ここに、ですか?」

「そう。それで、この花を手に持つ」


 つい先ほど彼女自身が花瓶に挿したばかりのマーガレットを渡すと、彼女は目を丸くした。


「どういうことですか……?」

「いや、描いてみようと思って。こっち向いて。手はこう」


 頬に手を添えて強引に顔の向きを変えさせると、エイミーはぴしりと石のように固まって動かなくなった。

 そのまま手に花を添えさせ、体の重心を少し前にずらし、軽く俯くようにまた顔の向きを変えようと彼女の頬に触れて──レイは、耳までを真っ赤に染めた彼女に気づいて、我に返って手を引っ込めた。


(っと。さすがに、こんな簡単に女性に触れるもんではなかったな)


 多少気まずく思っていると、目を潤ませたエイミーが、小声で「あのぅ」と呟いた。


「これは、つまり、私にモデルになれということでしょうか……」

「ああ、そうだ。実際に『花と乙女』を描いてみれば、何か作品についてわかる気がしないか? 先生が何を思ってそれをモチーフに選んだか、とか」

「私などには荷が重いです……ご勘弁ください」

「それに、前から描いてみたい気がしていたんだ。この花はちょうど君に似合う」

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