失くしもの 2

 おや、とアンも目を瞬いた。


「なんだい、これ。ボタンはどこに消えたんだい」

「アンも知らないのね。畳んだ時はあったってことよね?」

「そりゃあ、そうだよ。あたしがどれほどボタン糸のために気を配っているのかなんてあんたは知らないだろうけど。衣服を傷めない洗い方、干し方ってもんがあるんだよ。それに、こんな見事に一つもなくなっちまったとなると──」


 彼女は首の後ろに手をやって、言い辛そうにちらりと視線を寄こしたが、同じ気持ちで私も頷いた。


「──これは、故意だろうね」

「……そうよね、やっぱり……」


 お腹のあたりがきゅっと縮んで痛む。顔をしかめた私を気遣って、アンは私の背中に手を添え椅子に座るよう促してくれた。


「エイミー、こんなこと言いたかぁないが、あんた最近、ほかのメイドにやっかまれるようなことでもしたかい?」

「……どうかしら。わからないわ」


 (まさか、私が、フローレンスのそばにいるせいで?)


 嫉妬の対象になってしまったのかも、などとは言えず、私はゆるく首を振った。


「こんなの初めて。どうしよう。もう、弱ったなぁ」

「あんたに限ってこんな目に合うなんてねえ。まさかとは思うがうちの連中が……? いいや、ここにいるのはあんたみたいに忙しくて、他の人間のことなんて考える暇もないような働き者ばかりだよ。あたしが保証する。かわいそうに、つらいかい? 背を伸ばしてごらん、あんたはしっかりやっているよ。まったく、こんな嫌がらせするようなメイドがどこにいたかね。キッチン……客室係……まさか執事連中? 今日は色んな人間がランドリーに来たからね。ああ、もどかしい。しっかり目を光らせてたつもりだけど、特別に忙しかったから見逃したのかもしれないね。悪かったよ、エイミー」


「そんな、アンのせいじゃないわ。すごくショックだし、びっくりしたけど……ボタンは、付け直せばいいんだものね」


 改めてシャツを畳み直して、私はそっとため息をついた。


 ランドリー・メイドはメイドとしての経験が浅い若い娘が多い。専属となってからは特に付き合いも少なく、こんな風に嫌がらせをするような子の心当たりはなかった。


 アンのいう言う通り部屋の出入りは激しく、今だって何人も外の庭と地下室を行き来してる。難しい顔をして話し込む私たちには目もくれず。きっと彼女たちの仕業ではないのだろうと、そう感じるくらいには。


(それなら、ランドリー以外の誰かがわざわざここに来て、私に嫌がらせを?)


 鈍く痛むこめかみをもみほぐした。


 警察の真似事をして、メイドたちに聴取でもしてみれば何か掴めるかもしれない。でも被害は主人のシャツのボタン。持ち物を管理できない私にも責任があるし、大げさに騒ぎ立てても良いことはない。フローレンスになにか悪い影響があっては、そっちの方が一大事だ。


 犯人なんて、考えてもわからないものはわからないのだ。


  

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