第3話 叱責多し、務めよ国畜


 いつの時代も上司からの小言は聞くに堪えないものだ。


「訓練の成績良くても現場が理解できてないんだよなぁ、最近の若い輩は。元気ありますじゃダメなんだよねぇ」

「ッ、すいません……」


 ローマの老舗ホテルの一室。

 琴乃はゴツイ男連中に囲まれて上司からの叱責を受けていた。


「作戦本部が置かれてるホテルに潜入先の車で送迎されるなんてねぇ……」


 そう、ここは任務の心臓部である作戦本部。

 琴乃の宿泊用と作戦本部設置で合計二部屋。階層が異なっており精鋭達が全フロアを密かに監視しているが、ブランレインを相手取るとなれば不安要素が数多く挙げられる態勢だ。


「で、ですが無理に断れば疑われていたはず! 最善ではないにしろ、適切な対応だったと自負し――」

「あーあー、違うんだよぉ。そもそも送迎してもらうなんて状況を作るってことが詰めが甘いって言ってんの。分かってないなぁ」

「うぐっ、今後は気を付けます……」


 無能な上司なら抗言する琴乃だが、この男には牙を向けない。

 この上司の肩書は外務省対外情報統括室室長。精鋭揃いの情報支援活動部を任されるだけの作戦立案や遂行実績があるのだから、琴乃が吠えたところで今後のキャリアを台無しにするだけとなってしまう。

 スパイと言えば聞こえはいいが、所詮は国勤めのサラリーマン。職務の大半は、映画やアニメでは描かれない書類作成と地味な調査が占めるのだ。

 この仕事に夢を持つのは間違い、琴乃は後世に語り継ぐ決心をした。

 





    ◇


 眼鏡が本体と言わんばかりの室長を何とか躱し、備え付けのソファに項垂れる琴乃。


(あのクソ眼鏡、周りの目がなければナイフで喉頭隆起こうとうりゅうきをえぐってやるのに……)


 現実で勝てないならせめて脳内で……と妄想にふけようとしていた時、琴乃の頭部が武骨な手に覆われた。


「ちょっ!? って、なんだ先輩ですか。さっさと監視カメラでも見てきたらどうです?」

「励ましてやろうと思ったら先輩に対してその態度、全く反省してないな?」

「するわけないでしょ。私が正しいんです。あの眼鏡が悪いんです」

「はっはっはっ! その調子じゃ元気づける必要もないな!」


 ボディビルダーに戦闘能力と高い知性をプラスしたような男の名は蔵矢くらや 源十郎げんじゅうろう。琴乃と同じく情報支援活動部の一員だ。


「それで? どうだったんだ?」


 蔵矢は横になろうとしていた琴乃を押し退け、琴乃二人分の巨体をソファに落ち着かせる。


「どうって何が? というか押さないでください。明確なセクハラ行為です」

「あの男のことだよ。やっぱり相当イカれた奴だったか?」

「物腰柔らかでユニーク、細かな気遣いも忘れない完璧男。私は興味ないですけど」

「マジかよ……理想の上司じゃねぇか」

「そうとは言い切れませんがね」


 想定外の琴乃の回答に意表を突かれた蔵矢は、一瞬だけ筋肉質な図体を強張らせたが、すぐに琴乃との会話を再開した。


追放者柩守組合コフィン・ギルドについてお前が潜入している間、色々探ってみたんだが相当ヤバい組織だったよ」


 蔵矢の目は先程までの後輩を見る懇篤な目ではなく、任務従事者の鋭利な目に変わっていた。


追放者柩守組合コフィン・ギルドの禁忌指定術式保有量、どれくらいだと思う?」

「そうですね……多くても五種類程度じゃないですか?」

「九十六種類。判明してるだけでな」

「――ッ!? そんなに!? 魔術保全協会アルビオンの総保有量より多いじゃないですか!」


 禁忌指定魔術には様々な種類が存在する。

 広範囲に深刻な精神汚染を引き起こす術式、空間断絶術式、人を人ならざるにする術式、大陸プレートをも引き裂く威力を持つ術式、想像具現化術式、不死形成術式、概念干渉系術式――どれも戦術核を凌駕する危険性を有する術式だ。

 魔術の権威が集い、魔術の保全管理を行う魔術保全協会アルビオンでさえ禁忌指定術式は六十種程度しか保有していない。


「調査報告を聞いた時は冗談だと思ったが、内偵と琴乃が持ってきたファイルで確証が得れたらしい。上層部うえは今大騒動だぞ」


 疲れどころか既存の常識まで吹き飛んだ琴乃。

 ふと隣部屋に目を移すと、室長含む分析官一同がモニター越しに日本で安寧を貪る政治屋と睨めっこをしていた。

 普段は冷静の権化と称される室長だが、琴乃の提出したファイルに目を通して以降、脂汗に溺れながら右往左往している。


「琴乃、お前は優秀だが現場経験が足りない。下手に踏み込んで手柄を立てようとすんなよ」

「踏み込む前に地ならししますよ。得意ですもん」

「がっはっは! その意気なら無事に日本に帰れるぞ! もう同僚の葬式に出るのは懲り懲りだからな!」


 しれっと笑顔に、しかも無意識でばつが悪い台詞をぶち込む蔵矢。

 これには他人の領域にズカズカと踏み入る琴乃も、『あっ……はい』以外の言葉を返すことができなかった。

 暫く実りの無い会話を交わした後、蔵矢は作戦本部が入る階層の警備に、琴乃は誰かが取っておいたであろうスナック菓子を見つけ出し、勢いよく頬張った。

 明日からはブランレインから譲渡されたファイルの読込みが始まる。

 琴乃は自らに用意された部屋へと戻り、簡易的な食事とシャワーを済ませて早々とベッドに向かう。

 上質なシルクで彩られた天蓋付きベッド。通常の業務では到底味わえない感覚に包まれ、琴乃は深い眠りに落ちた。


 






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世界記憶に復讐を!!~アウトキャストは現世を統べる~ ノル @kyus

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