第2話 威厳なき長


 各国の重大犯罪者・監視対象者リストの頂点に君臨する犯罪の王、ブランレインは報告書とは様相が異なっていた。

 極悪と対極な印象を与える清楚な外見、犯罪史を塗り替える所業を熟すには若すぎる容姿、世界最大規模の犯罪結社の長には似合わない悠長な性格。断片的な情報だけで人物を想像することは、実に浅墓だと琴乃は実感した。

 改めて気を引き締める琴乃だが、ブランレインのキャラ崩壊は止まらない。


(潜入先間違え……てはないよね?)


「何? 誰も来ないのか? 折角の機会をそんなつまらん理由で逃すなんて……。相変わらず人付き合いの悪……電話切ったか?」


(こんな優男が世界の敵……ねぇ。私の方がうまく世渡りできそうだけど)


 現在、ブランレインと琴乃はイタリアはローマ。

 試験会場から一歩出た場所はローマ様式で彩られた街。

 石畳と煉瓦造りが何ブロックも続く旧市街を二人が乗る防弾加工の高級車と、それを囲むように五台の護衛車が我が物顔で走行していた。

 琴乃は獲物を得たリスの如く先程のファイルを抱えながら、車窓から見える文化的な街並みを堪能していた。神経が張り詰める任務の合間のお楽しみタイムを謳歌する琴乃に対し、ブランレインは眉をひそめてツー、ツー、と一方的に切断された電話を眺めていた。


「どうしました? 問題なら私が対応しますよ!」


 いざ現場へ、と意気込むアピールを忘れない就活勝者の琴乃。

 情報支援活動部に入る際も、面接練習を鏡相手に幾百としてきた(友達がいないわけではない……決して)努力家でもある彼女だが、琴乃が出しゃばるほどの事案でないことはすぐに理解できた。


「これから君と働く連中がね、『新人と食事する時間あったら書類整理の一枚でもしろ』と私に仕事を押し付けてきたんだよ」

「は、はぁ?」

「気にすることはない。歓迎会、というには些か偏狭だが、私の行きつけに行こう」


 まるで部下から顎で使わる中間管理職。

 本当に組織の長なのかという疑問が琴乃の脳を満たす。

 ブランレインを血眼になってマークしていた上層部が、現在のブランレインを見れば卒倒ものだ。

 軽話を続けるブランレインと適当に頷きを続ける琴乃。この二人を中心とした車列は、二人ぼっちの歓迎会(仮)の場を求め、複雑に入り組むローマの街に溶け込んでいった。






    ◇


「何故ここッ!? 折角のローマなのに!」


 カウンター席から見える景色はガラス越しのマグロ、イカ、サーモン、鯛、色形の異なる貝類。実に多種多様な魚介が所狭しと並べられていた。


「海鮮は嫌いかな?」


 そう、ここは寿司屋。

 フジヤマサムライジャポン丸出しの、いかにも未訪日の外国人が考えたような寿司屋の店内に二人はいた。


「嫌いじゃないですけど……ローマなのに日本食はもったいないというか」

「この店のオーナーとは顔見知りでね。海鮮料理なら創作からディープな民族料理まで網羅している。きっと満足するさ」


 おしぼりで顔を拭くのが礼儀だと勘違いしているのか、単にオヤジ臭いだけなのか、ブランレインは丁度いい温度に温められたおしぼりを整った顔に当てている。

 壁一面に張られたメニューに目を向ける琴乃だが、殆どが店主の拙い手書きの日本語で書かれているので解読は不能。暗号の解読訓練を受けた琴乃でも、悪筆には対応できなかった。


「注文はブランレインさんにお任せします。下手に注文してくさやでも出てきたら一張羅が台無しですから」


 潜入任務前に支給されたイタリア製の最高級スーツに臭いが付こうものなら、備品破損とかで薄給から天引きされること間違いなしだ。そこらで売っているスーツでも良かったのだが、『できる女はスーツから』と昭和力全開の観念を上層部から押し付けられた琴乃にとって、身に着けているスーツは己より守り通したいものの一つと化していた。


「では注文は任せてもらうとするか。よし、歓迎会を始めよう!」





 カウンター席には色取り取り、古今東西の海鮮が一同に集っている。

 寿司や海鮮パスタ、シュリンプタコス、カルパッチョと琴乃の胃袋に合う料理は勿論、明らかに調理過程を四つほど飛ばしているような謎料理が数品並んでいた。


「琴乃君はこれからどのように呼べばいいかな? 私のことはブランレインで構わないが、今のご時世一言一句がセクハラやモラハラに引っかかってしまうからね」

「琴乃でいいですよ。というかそういう経験あるんですか?」


 ジト目でブランレインに疑いの視線を送る琴乃。

 日本ならその発言グレーゾーンですよ、と言いかけたが、下手に関係を拗らせたくない琴乃はグッと喉奥に飲み込んだ。


「いやいや、私は紳士だからね。禁止薬物クスリや人身売買で組織を切り盛りしようとは思わない聖人君子だよ。まぁ、よりハイリスクな橋を渡っているわけだが。はっはっは!」


 そもそも聖人君子は追放者柩守組合コフィン・ギルドなんて仕切らない。そんな意見も喉奥にしまい込む琴乃だが、この調子だといずれ琴乃の喉は決壊してしまうだろう。


「より危険な橋って……噂通りだと相当危険ですよね。表社会に露呈したら国家転覆もののネタも多いって聞きますけど」

「そりゃ多いさ。の存在を隠すのは苦労するよ」

「敵対組織ともそれらは隠蔽する方向で一致してるんですよね?」

「裏の輩に利己主義者エゴイストが多いだけだよ。核魔術アウクトルのような大量破壊術式は、隠し持っていた方がいざという時に真価を発揮するからな」


 サラリと核魔術アウクトルが闇市場で出回っていると公言するブランレイン。

 核魔術アウクトル――過去の遺物として禁忌指定術式とされており、対軍規模の破壊力を誇る大量殺戮の目的とした魔術。

 現在、殆どの禁忌指定術式は魔術保全協会アルビオンにより厳粛な管理が為されているが、極稀に裏ルートで闇市場に出回ることがある。それらを回収・保護に導くことも琴音の任の一つとなっている。


「さぁ、他に聞きたいことは?」

「そうですね……同僚はどんな方達なんですか?」


 情報支援活動部では堅く、煩く、古い形式に囚われた人間に囲まれていた琴乃。

 同世代がいない苦しみは身に染みている。


「彼らは仕事人間だが身内には優しいよ。料理番組を拷問の教材にしたり筆箱の中身だけで人皮を剥ぐ方法を見つけたりと、学習意欲に満ち溢れている優等生タイプでもあるかな」

「……ッ、ここまで顔合わせが不安になる紹介は初めてですよ」

「はははっ、冗談だよ冗談…………………皮剥ぎ以外は」

「? なんか言いました?」

「いや、次は何を注文しようか迷ってただけだよ」





 二人きりの歓迎会は続く。

 上司と部下なら会話は上司の自賛自尊を部下が称賛する益体もない時間が続くが、ブランレインの巧みな話術は琴乃に退屈を覚えさせなかった。

 琴乃が作為の経歴を述べ、それに対しブランレインが関連する事象を述べて会話が構築される。あまりにも的確かつ小気味良いブランレインの応答に、琴音は潜入任務以外の話す必要のない事象も口にしてしまっていた。


「もうこんな時間か? まだ聞きたいことが積もるほどあるが、今日はこれでお開きだな」

「非常に楽しかったです。来週からは気を引き締――」

「形式的な言葉は要らないよ。部下に宿泊先まで送らせよう」


 ブランレインはスーツを着崩していた。

 それもそのはず、常人なら急性アルコール中毒で卒倒する量のワインと日本酒をがぶ飲みしたのだから。ブランレインは、日本酒が並々に注がれたお猪口を振り上げ、屈強な黒服の部下に車を出すように指示を出した。


「来週から忙しくなるぞ! 養生するように」

「はっ、それでは失礼いたします!」


 店先まで見送りのために出てきたブランレインに軽い会釈をした後、琴乃は一生に一度拝めるかどうかの高級車に乗せられ、宿泊先のホテルへと向かった。



「あの嬢ちゃん、ちょい裏がありそうじゃねぇかい?」



 店先でバックライトが視界から消えるまで、琴乃が乗った車を眺めていたブランレインに、店内からしゃがれた声が飛んだ。


「ロベル、やはり君の識見は素晴らしいな」


 嗄れ声の主はこの店の店主。

 濃く焼けた肌に年季を感じさせる白髪の混じった金髪、深く刻まれた皺。どれを取っても頑固オヤジという印象は拭えない見た目だ。


「分かってんならさっさと始末しな。謀反起こされてからじゃ遅ぇぞ」

「心配してくれて感謝するよ、ロベル。だがね、彼女は追放者柩守組合コフィン・ギルド……いや、この世界の不条理を根底から改変できる可能性を持っているんだ。そう簡単に手放しはしないさ」


 首を傾げるロベルだが、それ以上の追及はしなかった。

 下手に首を突っ込む怖さを知っている輩ほど、ブランレインとの会話は端的に済ませたがる。ロベルもブランレインとは旧知の仲だが、それでも時々ブランレインの底知れぬ闇を垣間見ると、自らが関わって良い人物ではないと再認識していた。


 ローマの裏路地に吹く乾びる薫風を全身に受け、ブランレインは若干紅潮した頬を右の掌で撫で下ろした。

 街灯の光は届かず、誰一人存在しない裏路地。

 月光と店から漏れる僅かな光に照らされるブランレインは、静かに闇夜に向かって口を開く。





「さぁ、復讐を始めよう」

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