世界記憶に復讐を!!~アウトキャストは現世を統べる~

ノル

第1話 選別過程


 純白で統一された部屋に無機質なアルミ製机と椅子。机の上では年季の入った古めかしいラジオが閑静なリズムを部屋中に循環させている。


「グレン・グールド、1981年録音のゴルトベルク変奏曲」


 流暢に流れる音楽を遮るように澄んだ声が部屋に響き渡る。

 声の主は小柄な女性……というよりかは女の子と言った方が正しい容姿をしていた。濡れたように煌めくショートの黒髪にエメラルドの如き碧眼、絹を纏ったように曇りのない白肌を兼ね備えている。幼げの残る雰囲気と決別できれば女性の頂点に君臨できるほどのルックスだ。


「五番、コトノ ハルミヤ。芸術音楽部門教養試験終了」

「これやる意味あるんです?」

「私語は厳禁です。速やかに退室して次の試験に備えてください」

「……はい」


 スピーカーからの声に従うように、コトノと呼ばれた若い女は早々と部屋を後にした。








     ◇


 試験会場と言うにはお粗末すぎる部屋から戻ったコトノは、窓がなくお茶菓子の一つも置いていない殺風景な待合室の椅子に腰を掛けた。

 待合室には男女含めて七人。それぞれが国籍も性別も身体的特徴も異なるが、コトノは一つの共通点を見つけていた。勿論、その共通点はコトノにも当てはまっている。


(どうみてもカタギの輩じゃないんだよなぁ……)


 男は屈強な体格と軍関係でよく見るタトゥーで一目瞭然。女は傾国の美女と評せるほどの美形揃いだが、目線の移し方や試験で垣間見えた知識と実技の練度からして一介の社会人でないことは明らかだ。何といってもコトノ自身も彼等と同じ世界で生きているのだから。

 コトノは現在、とある組織の一構成員として活動している。色々と訳アリで法律違反上等のスタンスが揺るがない組織だ。

 そんな訳アリだが生命保険と本人死亡時の家族に対するケアだけは充実している組織に所属しているコトノには、とある重要な任務が与えられていた。



『外務省対外情報統括室情報支援活動部に伝令

 対象 No.76《ナナロク》

 任務 対象主導組織への潜入及び工作  』



 外務省対外情報統括室情報支援活動部。

 コトノの所属する組織の正式名称。外務省と防衛省の混合部隊で、破壊工作から誘拐、情報戦まで多岐に渡る任務に従事し、臨機応変に対応可能な頭脳と肉体を兼ね備えたエリートのみが配属される部署……と言いたいが、設立までの道のりは政治闘争と裏金のオンパレードだった。

 何を隠そう、この部署が設立したきっかけというのが、新部隊設立の資金を流用したい政権幹部の気まぐれだったのだ。そんな下心丸出しの政治屋の考えに反し、想定以上の実績を上げたことで正式に認可されたのが外務省対外情報統括室情報支援活動部だ。


 国内最精鋭を謳われる部署に所属しているコトノだが、本来ならこの任務に従事するのは彼女ではない。

 優秀な人材の殉職、今任務の従事レベルを満たしていない者、既に顔が割れている者が続出し、今任務を行える人材が丁度不足していたことで、選定過程を首席で修了したコトノにスポットが当てられたのだ。


(めちゃくちゃ厳重だなぁ……秘書官選別試験も最終選別に入ってるのに、目標ナナロクは姿を見せもしないなんて)


 任務開始から今の今まで高度な筆記試験と厳格な感性試験、体力測定の繰り返しで、流石のコトノも心中でのぼやきが止まらない。

 しかし数十分の時が経過した後、沈黙を貫く志願者一同の目を奪う光景が待合室に訪れる。それは音もなくドアを開き、淑女と呼ぶに相応しい様相でコトノをはじめとする精鋭猛者の前に姿を現した。

 その女性は聞き覚えのある、スピーカーで流れたように抑揚の少ない口調で――


「たった今、厳正な選別の下で本試験合格者を決定いたしました」


 この『秘書官選別試験』の倍率は実に四十二倍。

 高すぎる数値ではないが、世界の戦場を我が物顔で闊歩し、幾万もの死線を潜り抜けてきた戦闘狂が四十二人。その頂点に君臨するのだから実力は言うまでもない。

 皆が祈るように女性に視線を移すが、コトノだけは女性の次の台詞を知っているような素振りを続けていた。




「日本からお越しの竜宮りゅうぐう 琴乃ことの様」


 


 ゴミ箱を蹴り飛ばす者。

 植木に項垂れる者。

 早々に踵を返す者。

 己が落選した理由を求める者。

 もう一度、とチャンスを乞う者。


 琴乃はそれらを押し退けて女性の前に立った。

 潜入という繊細な任務である以上、己の身を危険に晒さぬように琴乃も軽々しく口を開かない。無意識にも顎は引き攣るが、琴音はグッと奥歯を噛み締め緊張をほぐす。

 これがもし『七泊八日パリを味わうスイーツ食べ歩きツアーに当選!!』ならば、髪を振り乱して白目を剥き、そこら中を狂喜乱舞していただろう。


「改めて選抜試験合格おめでとうございます。奥でブランレイン様がお待ちです」


 ブランレイン。

 日本での識別番号はNo.76。

 内乱罪、殺人、誘拐、強盗、公文書偽造、罪と呼ばれる事象を知り尽くし、組織的に実行してきた男。

 琴乃の目的であり全世界共通の敵。


 そして何より――






 魔術をこよなく愛す男。

 







      ◇


 琴乃が通された部屋には、牛革カウレザー張りのソファが二脚。対になり間にガラステーブルを挟んで設置されていた。

 琴乃は対になっているソファの片方に腰を掛け、対面に座るターゲットを無言で見つめていた。


「大丈夫?」

「はいっ!? あ……いえ、何か問題でも?」

「いやね、そんな眉間に皺寄せた顔だと私が緊張してしまうんだ。世界最高峰の就職活動を制したんだ。そんな表情より笑顔を見せてくれないか?」

「……はい」


 警護や試験担当者からブランレインと呼ばれる男は、琴乃が描いていた像と大きく異なっていた。

 二十代後半から三十代前半に見える若々しい外見、小綺麗に整った容姿はモデルと言われても疑われぬものだ。琴音と同様の美麗な黒髪と翠眼を持ち合わせた彼の素振りは風雅で、世間一般の『極悪人』のイメージとは遠くかけ離れている。身に着けているスーツや靴、腕時計は豪奢なものではなく、実に淡白で装着者を選ぶものだが見事に着こなしていた。


「さて、君には追放柩守組合コフィン・ギルドの長である私の秘書……というよりかは世話役を担ってもらうよ」

「世話役……ですか?」


 ブランレインは静々な笑みを琴乃に向けながら、厚さ十センチはあろうファイルをガラステーブルに置いた。


「これは?」


 重みを感じながらもファイルを持ち上げ、ページを捲り始める琴乃。

 ファイルには追放柩守組合コフィン・ギルドの組織構成、非常事態マニュアル、部門別取引先・取引物、敵対組織の一覧等が纏められていた。


「ファイリングされている内容だが、追放柩守組合コフィン・ギルドを取り巻く情報の一パーセントも記載されてない。理由は分かるだろう?」

「信頼がないってことですよね?」


 ブランレインは用心のつもりだろうが、未知の組織である追放柩守組合コフィン・ギルドの情報は一片でも、琴乃含む情報支援活動部にとっては大収穫に等しい。

 上層部からは『確保より情報』と念を押されている。

 何がどう転んでも信頼を得るしかないと、改めて腹を括る琴乃だった。



 ブランレインと琴乃の対面から十五分程度が経過した。

 「ちょっと読む時間を取ろうか?」の一言に甘え、琴乃は渡されたファイルを熟読していた。対してブランレインは、テーブル上に置かれていたお茶菓子を並べ、己の胃袋に見合う菓子の選定に頭を抱えている。

 三十分が経過した。

 沈黙を最初に破ったのは、悩んだ挙句に全てのお茶菓子を食い尽くしたブランレイン。クッキーの粉を拭いながら緩やかに口を開いた。


「それは来週までに頭に入れておいてくれれば十分だ。さて、行くか!」

「行くかって……どこにです? まだ色々と確認事項があ――」

「そんなもの実務で覚えれば事足りるよ。それよりも胃袋は空いてるかな?」


 未だにファイルから目を離すのを名残惜しい形で体現している琴乃に対し、ブランレインはニンマリと口角を上げ――


「新人歓迎会だよ」











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