イエス、罪もないのに死刑を確定される ~人が修羅道に陥る時~

 そこで、大祭司は立ち上がり、真ん中に進み出て、イエスに尋ねた。

「何も答えないのか、この者たちがお前に不利な証言をしているが、どうなのか。」

 しかし、イエスは黙り続け何もお答えにならなかった。

 そこで、重ねて大祭司は尋ね、「お前はほむべき方の子、メシアなのか」 と言った。 イエスは言われた。

「そうです。あなたたちは、人の子が全能の神の右に座り、天の雲に囲まれて来るのを見る。」

 大祭司は、衣を引き裂きながら言った。

「これでもまだ証人が必要だろうか。諸君は冒涜の言葉を聞いた。どう考えるか。」

 一同は、死刑にすべきだと決議した。



 マルコによる福音書 14章60~64節



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 イエスが裁判にかけられて、有罪になるシーンである。

 イエスの十字架という歴史的な事件は、実は地球ゲームプレイヤーである「人間」の最大の弱点を教えてくれる。人間が、突かれて一番痛い泣き所がどこか、を物語っている。



 あなたが嫌な気分になる時は、どんな時?

 悪口を言われる。モノを盗まれる。しようとしていることを邪魔、あるいは妨害される、等々。

 実は、この程度のレベルのことは、大して致命的でもない。かわいいものだ。

 もっとも人にとってダメージが大きい出来事というのは、他者に殺意を覚えるほどのレベルである。

 


●自分の信念とは反対の生き方を体現している人物が、自分より立派に見える時。幸せにしている時。

 また、相手の堂々としてる様を見て、ちらっとでも自分の方が間違っているのではないか? という考えが頭をかすめた時、それを打ち消すために、相手の信念をその存在ごと消し去りたくなる衝動に駆られる。



 しかし。このケースが生じるためには、条件がある。

 あなたが、「思想的にこれと言えるような具体的な何かを、強烈に信じていること」。それがないと、あまり生じにくい。

 だから、さして宗教やスピリチュアル、哲学や心理学に興味がない一般人には起きにくい。ただし、まったくそういうものに興味がない方でも、自己流に生き方や考え方について信念や強い自負のある方もいるので、一概には言えない。

 自分をいじめてくる人、苦痛を与えてくる人に対し、たまりかねて殺すのは、殺人は殺人とはいえ、まだ自然である。相手は自業自得である。殺されるだけのことをしたのだから。

 でも、今日挙げるケースでは、相手が「殺す(憎む)に足ることを何もしていなくても、殺意が湧く」というところが特徴なのである。むしろ、言い方を変えると「相手が正しければ正しいほど、攻撃したくなる」のである。



 もうひとつ、分かりやすい例を見ていたただこう。

 イエスの死後、クリスチャンという、イエスを信じる群れが生じた。

 これが、「教会」の始まりと言われる。

 しかし、最初の頃(ローマ帝国に容認されるまでは)異端として迫害された。

 下記の文章は、ステファノというイエスを心から信じる純粋な若者が、異端として捕まって裁判にかけられた結末である。イエスの裁判と最期を再現したかのようなお話である。まずは、お読みいただきたい。



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(ステファノが、裁判の席で長い演説を行ったあと)

 人々はこれを聞いて激しく怒り、ステファノに向かって歯ぎしりした。

 ステファノは聖霊に満たされ、天を見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスとを見て、 「天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」と言った。

 人々は大声で叫びながら耳を手でふさぎ、ステファノ目がけて一斉に襲いかかり、都の外に引きずり出して石を投げ始めた。人々が石を投げつけている間、ステファノは主に呼びかけて、「主イエスよ、わたしの霊をお受けください」と言った。

 それから、ひざまずいて、「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と大声で叫んだ。

 ステファノはこう言って、眠りについた。



 使徒言行録 7章54~60節 (理解に不必要な箇所を一部省略)



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 人がもっともイライラするのは、自分がもっとも大事にする信念とは逆のことを自信たっぷりに言われた時である。また、それによって少しでも「自分のほうが間違っているのではないだろうか」という可能性を目の前にチラつかされた時である。

 ステファノが殺害される時の描写で、『大声で叫びながら耳を手でふさぎ』とある。この耳をふさぐ、というのがミソで、人間の弱さが「ガラスのようにもろいプライドをどうしても守ってしまう」というところにある。

 もし、人の持っているプライドが本物であれば、「外の何かによって傷付くことはない。何か言われたからといって激昂したり、我を失ったりすることなどない。」

 仮にあなたが我を忘れるほど相手が憎くなるなら、実はあなたの持っているプライドなり信念は、実はもろいということだ。それに気付かせてくる相手の在り方は、例えその人物があなたに実害を与えていなくても、あなたに不安を与えるというただそれだけの理由で憎まれる。

 イエスやステファノは、その極端な例として、命を奪われた。



 さて、皆さんに自分がそういう立場だったら……と想像していただきたいことがある。

 あなたの最愛の子どもが、交通事故で車にひかれて死んだ。

 当然、車を運転していた相手に過失があり、謝罪も受け相当の償いもしてもらうはずが……たまたま、相手が国の中枢に深く関わるような重要人物であり、そのキャリアに傷がつくわけにはいかないと思ったその人物は、警察やあらゆる機関に手を回し、すべてを闇に葬った。

 あなたは手も足も出ない。そこまでされて、戦うどころかもう生きる気力も希望も失う。

 しかし、ある時。

 その人物が、公園かどこかで、相手が自分の奥さんや息子娘たちと幸せそうに遊んでいるのを見かけてしまったら? あなたは、何を感じるだろうか。

 皮肉なことに、その時に生きる気力のなかったあなたに、とてつもないエネルギーが流れ込んでくる。もちろんそれは、良い方向でのものではない。こんなことあってはならない、相手を殺して自分も死ぬ、という情念の固まりと化して、残りの時間を生きる。

 


●人は、すべての人の幸せを願っている?

 いや、相手が本当に憎い場合、相手が幸せにしていたら我慢がならない。



 相手が反省して心から悔いて、自分が認めた状態にならないと、幸せになってはいけない。そういう条件をクリアしていないのに、相手が笑って幸せそうにしているなど、ゆるせないのである。

 もちろん分からないよ。相手は幸せそうでも、実は内心色々と苦しんでいるのかもしれない。妻や子どもの知らない部分で、相応の心の責め苦を負うているのかもしれない。

 でも、子どもを失った当事者のあなたに、そこまで考えてやる余裕などないはずだ。極端な場合には、他者の幸せを願うどころか、願えない事態すら起きる。

 被害を受けて、その相手をよく見つめないで済むなら、悲しみで終われる。

 でも、その相手が世間で成功していたり、あなたから見て幸せそうに笑っているのを見て知ってしまったら、あなたはかなりの確率で「修羅の道」に入る。



 以上、人間が置かれたら一番弱い、辛い状況というのを考えてみた。

 スピリチュアルでよく、『無条件の愛』などという美辞麗句をうたい文句にするものがあるが、本当にこういうケースも理解したうえで、その修羅道の気持ちが分かった上で申しているのか?

 ゆるします。愛します——。薄っぺらぁい!

 あなたの教えにお金を払って参加すれば、ゆるせるようになる? 愛せるようになる? 本当に?



 恐らく、半分くらいのスピリチュアル指導者は、修羅道のことは分からない。知らないくせに、恐らく想像で補ってだろうが「ゆるせる、愛せる」と言ってるだけ。

 無条件の愛というのは、私が今日挙げた事例でも、まったく心がブレないことなんだよ?

 自分の子どもを殺したあとで、その犯罪をもみ消して、その後も家族幸せそうにしているのも落ち着いて見てられる、ってことなんだよ?

 私が見る所、かなりの部分で「無条件の愛」を説くジャンルのスピリチュアルは、その闇も知らないくせに調子の良いことを言っているだけであろう。

 もちろん、闇を知らないと愛や光の本質は得られない、と言い切るのも問題である。世の中、あらゆる可能性のシナリオがあるからだ。

 でも、この世界のゲームプレイ上の傾向として、やはり闇を知ってなおそれを超えた者のほうが、愛する上でゆるす上で有利なことは間違いない。



 あなたが一人なら、どんな教えを信じようが勝手だ。

 しかし、他者にすすめ大勢を巻きこんでいこうと活動するなら、それこそあなたの想像を絶する体験をしたような人も来るかもしれない、ということだ。あなたの浅さで、その人と本当に向き合える? あなたのペラペラな口で「相手をゆるしなさい」って言って恥ずかしくない?

 調子の良いことだけ言うおままごとスピリチュアル、本当にやめてほしい。

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