花火デート。
私が電話をしたのは、南山さんを紹介してくれた伊藤先輩だった。先日もらった名刺にあった携帯番号にかけると、すぐに応答があった。
「はい?」
「あ、伊藤さん! 今度いつこっちに来ます?」
私から電話したのはもちろん初めてで、いきなりの問いかけに伊藤は驚いたようだった。
「なに、北沢? びっくりしたよ。どした?」
「お盆に帰りますよね? その時、会えません? ……その、南山さんといっしょに」
私の目的は、先輩の伊藤ではなくて、南山さんに会うことだった。
なりふり構っていられない。振り出しに戻って、今年は本当にいい年なのかどうかを確認したくなった、いや、いい年だとあらためて言ってほしかった。
それくらい、追い詰められていた。
結局、花火デートに間に合うようには伊藤と会えないことが判明。伊藤は、南山さんに連絡をつけておくから、自分で電話して勝手に会えと言ってきた。
次の日には、もう電話をかけた。
「はいはい。伊藤さんから聞いておりますよ。いつがいいですか?」
南山さんはウエルカムな調子で応対してくれた。
早く仕事が終わりそうな日を告げると、南山さんも空いているとのことで即決。八月になったばかりの平日の夜、私は彼の自宅にお邪魔した。
南山さんの第一声は「おぉ、いいですね。相変わらず、力強い。よーく光ってる」だった。そして、「光がそこまで来てますよ」と、床の一点を指差した。
私の引き寄せ力は、まだ続いてるらしい。それにしては……だ。
促されて、相談事を話す。
まずは、細かいことは抜きにして、高野が好きだけど相手の気持ちに確信が持てず困ってること。ほかにも周りにオトコがいるけど、こういう状況でどう対応したらいいのか。この二点について、アドバイスがほしいと。
私は、例によって南山さんが霊感で答えを出してくれることを想定していた。
が、南山さんは意外なことを言った。
「で、北沢さんは、どうしたいですか?」
多少面食らいながら、「それは、できれば高野さんと結婚できれば、と思ってるんですけど」と答える。
わかりました、と南山さんはにっこりして、「あとの二人は、抜いておきますね」と言った。
内心、「どういうこと?」と思ったのだけど、文字通りなのだろう。「お願いします」と言うに留めた。
気を取り直して、高野とのつき合いをもっと強固にするにはどうしたらいいかと訊いた。
南山さんは、私がプリントアウトして持っていった婚活サイトの高野の写真を四方八方から見て、「この人はねぇ……」と腕組みをして何か考えていた。
窓の外を車が通り過ぎていく音だけが、やけに大きく響いてくる。私は固唾を飲んで、南山さんが何か言うのを待っていた。
「う〜ん。何を考えてるかわからないな。ものすごくガードが固い人だね。見えてこないもの。つまり、そういう人なんですよ。本心を見せない。複雑なものを持ってる。なかなか手強いかもしれないね」
結局は、直接的にアドバイスのようなものを聞けたわけではなかった。そのあとは、私のラッキーカラーや吉方位、ラッキーナンバーなどを教えてくれて、雑談のようになっていった。
最後に彼はこう言った。
「運気はすごくいいから、大丈夫だと思うよ。私もね、あと十歳若かったら、北沢さんと結婚したいくらいだから」
豪快に笑う南山さんを見て、私は苦笑するしかなかった。
今回の相談で得たものは、南山さんの最後の言葉だけだったような気がする。その「大丈夫」を、お守りとして持ち帰ってきたようなものだ。
家に戻ると、私は伊藤に電話をかけた。連絡を付けてくれたお礼と、南山さんに会ってきたという報告のためだ。
「で、ちゃんとお礼、置いてきただろうな?」
「もちろんです。言われたとおり。五千円をお納めいただきました」
私は電話を耳にあてたまま、お辞儀をした。
伊藤は満足したように「なら、よし」と言って、続けた。
「あの人、けっこうすごい人らしいんだよ。有名人に呼ばれて、東京や大阪にも行ってるらしいよ」
「えぇ!? そうなんですか!? スナックなんかで、よくそんな人と知り合えましたね」
「スナックなんか、って何だよ。ママに怒られるぞ」と、伊藤はおどけて言った。
「まあ、正確に言うと、知り合ったというよりは、ママに紹介されたんだよね。俺もさ、こわいことがあったのよ」
伊藤は、急に声のトーンを変えて言った。
「俺、奥さん死んでから、一人で息子を育ててただろ? ある時さ、夜一人で飲んでたら、グラスがいきなり割れてさ。それも三回。毎回、同じ形に割れるんだよ。何も触ってないのに」
「わわわ、何ですか、それ。すごいこわいかも」
思わぬ話の展開に、こわいのが苦手な私は背中がザワザワしてくるのを感じながら訊いた。
「でも、伊藤さんって、そういうの気にしない人じゃないんですか?」
「いや、俺もさすがにおかしいとは思っててさ。雑談でママに話したんだよね。そしたら、ママが南山さんに見てもらえって」
「なーるほど。で、何だったんですか?」
「うん、息子がいじめられてたの。俺、全然気づいてなくて、奥さんが教えてくれてたらしい」
不思議なことがあるもんだと、つくづく思う。そういうことを信じないタイプの伊藤が、南山さんのような人と仲良くしていることも不思議だったのだけど、これで合点がいった。グラスが割れたのも、南山さんがそう言ったというのも、事実なのだろう。
そして、そのことが、私に対する「大丈夫」という言葉を裏付けてくれてるような気がした。
いよいよ、高野との花火デートの日がやって来た。
事前のメールで、「降水確率が七十パーセントで、雨天順延の可能性がある」と高野が言っていたとおり、電車の窓を叩く雨は、下車するころになってもやみそうになかった。
駅に車で迎えに来てくれた高野が、「やっぱり雨ですねぇ」とため息まじりに言う。
デート中、高野は何度もインターネットで情報をチェックしていた。そして、郊外の展望台で傘をさしながら遠くの煙った景色を眺めている時、ついに「あぁ、やっぱり明日に延期になっちゃった」と言った。
まったくついてない。
今日は、満を持して臨んでいる。これまでのモヤモヤを一気に解消すべく、すべてを夜の一点に注ぎ込むくらいの意気込みだった。
いくら高野だって、花火を見る時くらいは仕事のことは忘れて、解放的な気持ちになるに違いない。花火のクライマックスを見終わるころには華やいだ気分で、テンションも上がっているだろう。そのまま飲みに行って、いい感じになったところでビシッと決めよう。そして、今後に確実に繋がる何かをつかむのだ。
でも、花火が延期になったことで、そんな私のシナリオは大きく狂ってしまった。
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