味噌汁とフランス料理。

「これまでの婚活で、好きになった人からは好かれず、

 好きになってくれた人は自分が好きになれなかったってことですけど、

 北沢さんが好きになった人はどういうところが良かったんですか?

 そして、好きになれなかった人は、どこが駄目だったんですか?」


 川崎は、斉藤と平行してメールをしていたオトコだ。ほぼ一カ月近くになる。

 私が、もう数年も婚活をしていると知ると、なかなか成就しない原因を訊いてきたので、「思う人に思われず、思わぬ人に思われる」的なパターンばかりだったからと返事をした。


 そのあと来たのが、この質問だった。


 一つ一つのケースを答えるのは面倒だったので、ツボとフィーリングの話をした。そして、それが理屈じゃないから説明が難しい、ということも。


「できれば、いつも笑っていたいので、

 ちょっとしたことでもいっしょに笑い合えるような人がいいのかなぁ。

 それが、私のツボにはまるってことなんだと思います。

 お笑い芸人みたいな人って意味じゃないですよ。

 ただ見てるだけで、楽しい気持ちになれる人っているんですよね。

 その人が存在してるだけで、なんかこっちがニマニマしちゃうような……

 チャーミングな人? お茶目な人?

 んー、表現が難しいです。

 一見マジメでも、そういう微笑ましい人? っていますよね。

 しかも、会ってみるまでわからないんです。

 だから結局、『フィーリング』というような言い方になっちゃうんでしょうけど」


 会う前に、こんな突っ込んだ話をしたのは初めてで、川崎とのメールを通して、私も結婚のことや自分のこと、相手としてのオトコというものについてだいぶ整理できた感があった。


 川崎も、私の好みを捉えては、さりげなく自分をアピールしてくる。それが、どこか単純で憎めないオトコという印象だった。歳は一つ下だった。


 自分のことを「言語的な人間」と言っている。そして、相手にも「ちゃんとこと」を求めてるそうだ。

 そのわりに、メールは誤字脱字のオンパレード。漢字の変換間違いに始まって、の間違いや抜けも多く、時々、意味を取るのに何度も読み返さなければならないくらいだった。

 しまいには、「〜思ったです」などとなっていて、外国人!? って笑ってしまう。言語的な人間と言いながら、そのギャップが可笑しくて、どういう人なんだろうという興味をそそられた。


 私に何人かの男友だちがいると知ると、そんなにモテるのに、なぜそこから恋愛、結婚へと発展しないのかと訊いてきた。


「モテてるわけじゃないですよ。

 たぶん、気安く話せるって思われてるだけなんじゃないかな」


「それって、癒し系ってことですか」


 確かに、そう言われることもあった。

「おっとり、のんびりしてるように見えるらしいですけど、

 自分ではよくわかりません。

 そういえば、『お味噌汁みたいな人』って言われたことがあったなぁ。

 その時は、フランス料理みたいな女性との対比だったんですけどね(笑)」


 私のその返しに対するメールが傑作だった。


「味噌汁も、少しアングルを変えると美しく見えるのです。

 椀からうっすらと湯気が立ちのぼる。

 汁の中には二種類の具が漂っている。

 薬味が上品な気位を醸し出す。

 そこに後ろから光を当てるのです。

 朝から、希望を感じさせる光景です。

 味噌汁は、飽きることがありません。奥が深いです。

 そして、具材によっては、ちゃんとしたおかずになります」


 私は吹き出した。取ってつけたような物言いも可笑しいのだけど、そもそもここでそんなふうに味噌汁を語る!?


 持論は、さらに続く。

「フランス料理なんて、たいしたことない素材をソースでごまかして、

 結局はくどくなって、すぐに飽きる。

 素顔はたいしたことないのに、ペンキのような分厚い化粧でソテーして、

 香水の臭いをプンプンさせてるオンナってことですよ」


 フランス料理に私が負けたと思ってフォローしてくれたのか。いずれにしても、悪い人じゃないし、独特のセンスの持ち主に思われた。


 川崎のプロフィールの相手への希望欄には、自分より下の年代が書かれていた。

 私は年上だったので、その点も確認してみた。


「理想はあくまでも理想であって、現実に素敵な人がいれば、理想に束縛されないのですよ、僕は」と返事が来た。「〜のですよ、僕は」という言い方をよくする。

 そのあとに、「この前の北沢さんのツボの話ですけど、好きになった人がタイプということですか?」と付け加えてあった。


「まさにそれです!

 しかも、人からも、好きになってるタイプがバラバラだねって言われます。

 端から見ると、よくわからない、とも。

 誰もが好む人を好きになったことがないわけじゃないですが、


 私の好みはちょっと変わってるらしいです。

 クセのある人が好きだよね? って言われたりもします。

 こんな私とフィーリングが合うって難しいんでしょうかね(泣)。

 やさしくてオンナを幸せにしてくれそうなタイプで、

 誰から見ても好条件という人が、私には魅力的に感じられないのかもしれません。

 もちろん、好条件は願ってもないことでしょうけど、

 もっと別の面の方が大事に思えてしまいます。

 そういう自分を悲観することもあります。

 そうじゃなければ、きっともっと早く結婚できていたのかなぁって(笑)。

 伸ばしてくれた手を握ればよかったのだから。

 理性的にコトを判断して結婚した友だちとか、うらやましく思います。

 おそらく、それも才能なのでしょうね?」


 川崎からは、私のメール史上、一番長いだろうと思われるほど長大なメールが来たこともあり、それにつられて、私の返事も長くなりがちで、その分返すまでの時間もよけいにかかった。

 川崎が、そんな長いメールを携帯で打って寄越すことに、私は当初驚いた。私の携帯アドレスを訊いてきた時、一応、教えはしたけれど、メールはパソコンにほしいとお願いした。受信許可設定できるアドレス数の枠がもうなかったし、そんな長いメールを携帯電話で打ったり読んだりするのは私は苦手だったからだ。


 さておき、川崎からの返事はこうだった。

「好条件につられない北沢さん、いいと思います。

 それと、僕はクセが強いってよく言われますよ?

 会ったらわかると思いますが、僕は少数派でもあります。

 北沢さんのツボにはまるかどうかはわかりませんが、そろそろ会ってみませんか。

 ちなみに僕は、子供のころの怪我で、脚が少しだけ不自由です。

 それでビックリしないでくださいね」


 また、私の好みに合わせて、アピールしてきたなと思った。弟キャラみたいな愛嬌を感じる。

 別に脚のことも気にならないだろう。そういう人の方が、他人の痛みもわかるんじゃないか。


 川崎の仕事は土日休みではないらしく、平日の夜に会うことになった。

 私は仕事のあとに行くので、少しでも早く到着できるよう街の中で会うことを希望したのだけど、川崎は不便なところに住んでいて車で行くので、駐車場のある郊外の店がいいと言ってきた。

 結局、私が電車で行って駅の前で川崎に拾ってもらって、いっしょに店まで行くということになった。


 店の最寄り駅は○○駅の次の駅。

 そう言われて、○○駅から一つ乗り越して、△△駅で電車を降りた。ところが、待ってるはずの川崎がいない。

 何か変更があったのかと思って、携帯電話の迷惑メールボックスを開く。


「□□駅から北へ少し行ったところにとまってる青い車です」と書いてある。


 彼の言った○○駅の次の駅とは、私の行く方向から見ると一つ手前の□□駅だったのだ。

 やれやれだ。


「△△駅で降りちゃいました。引き返すので、少し時間ください」とメールをすると、「XX方面って書いたですよ」と返事が来た。


 そうだったっけ? 単にXX線という意味に受け取っていた。


 この一連の待ち合わせのやり取りで、あとから嫌な思いをすることになるなんて知る由もない私は、急いで反対方向の電車に飛び乗った。

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