正面突破。

 十一月の終わり、由佳子と早めの忘年会をした。


「私って、贅沢なのかなぁ。ワガママ言ってるの?」


 ここ最近の婚活状況を報告したあと、そう私がぼやくと、由佳子は「う〜ん」と言っただけだった。


「最近、相手が私に呆れて、見捨てていってるんじゃないかって気もしてきたりして」


 そこで由佳子がジョッキを持ち上げて、やっと口を開いた。

「それはないでしょ」

 一蹴するように言ってから、ジョッキを傾けてお湯割りを数口飲む。


 今日は二人ともホットドリンクだ。私は梅酒、由佳子は焼酎のお湯割りを時々両手で包むようにして、そこから暖を取ったりもしている。


「まずさ、その『勘違いオトコ』は論外でしょ。真奈絵に騙されたとか、なんでそういうふうに受け取るかなぁ。被害者意識、強過ぎじゃない? 奥さんや子供と別れたことも、かわいそうな悲劇の僕ちゃんとか思ってんじゃないの?」


 由佳子の毒舌に、逆にこっちがたじたじする。


「だいたい、どうして自分と同じペースでメールして当然とか思う? 真奈絵も自分のことを同じくらい好きなはずとか勘違いしてたのかね?」

「それはわかんないけど……運命の人とか言ってたから、自分の中でかなり世界が出来上がっちゃってたのかもね」


 由佳子は身震いするように嫌な顔をして、おしぼりで口元を拭いながら訊いてきた。

「まあ、そっちはどうでもいいとして、新聞記者は何が問題だったって?」


「うん、だから、さっきも言ったけど、趣味が同じでも肝心の部分でズレてるせいか、話せば話すほどなんか楽しくなくなったって感じ」

「でも、まったく趣味が違うのよりよくない?」


 確かに、ふつうはそう思うだろう。私だって意外だったのだ。


「いや、実はそうじゃないってわかったの。まったく違う趣味でも、相手がそれを熱く語るのを聞いて、へぇって興味持てたりしたら、自分の世界がまた一つ広がったりするわけでしょ。でも、二人で同じグラウンドにいて、僕はこっち、私はこっちってガチで自分の世界を作っちゃってると、そうはならないのよ。野球なんて、敵同士になっちゃうしね」


 言ってて、自分でもしょうもない理由だなぁと思わないでもない。案の定、由佳子は納得しない。


「そんなの、よくあるパターンだと思うけどねぇ」


 確かにそうなのだ。私は、それだけじゃない、これまで考えたことをもう一度思い出しながら続けた。

「彼ね、話し方が穏やかで、諭すような上手いしゃべり方なの。なんか私、静かに静かに洗脳されていく感じがした」


 由佳子は「えぇ?」という顔をした。


「全然、主張を押し付けたりする感じじゃないんだよ? それなのに、私は何も言えなくなって、彼も別に私に意見を求めないの。な〜んか盛り上がらないんだよね。結局は、私ばっかりが彼に合わせていくようになる気がした。それに、やさしいいい人なのに、私が素で向かっていって、甘えたりできない感じだったの」


「なんだぁ。それって単に、いつも真奈絵が言ってるフィーリングの問題じゃない?」


 由佳子の乱暴な結論に、私は反論した。

「そんな単純じゃない気がするなぁ。印象悪くなかったし」


「いやいや、スペックがいいから好きにならないとおかしいとか思ったのかもしれないけど、結局、合わなかったってことだよ。合う時は、そんな分析しないもん。なんか違うって感じるから、あれこれ考えちゃうんだよ」


「そういうもんかなぁ」

 わかったような、わからないような気分で、私はそう呟いた。


「でもさ、もうけっこうたくさん会ってると思うけど、なかなかいないもんだね、合う人って」

 由佳子が箸を持って、どの料理を攻めるかテーブルを見回しながら言った。


「かれこれ二十五人以上かな? こんなにいるのに、いないんだよね、これっていう人。悪くはなくても、決め手がないとか……」

 私も料理をつつきながら、ずっと思ってきた疑問を口にした。

「顔合わせては、ハイ、サヨナラの繰り返しでしょ。そんなの、居酒屋に飲みに行って、たまたま隣になってしゃべった人とどこが違うのかなって、時々思うよ」


 由佳子はふふっと笑って、レモンをかけた唐揚げをほおばった。

「それはそれでいいんじゃない? 初顔合わせの場が居酒屋に飲みに行くってことで、会う相手が居酒屋でたまたま隣になった人って考えれば。ちょくちょくいるじゃない、飲み屋で偶然知り合った人と結婚したって人」


「でも、それってすごい奇跡じゃない?」と、私は同意しかねて言った。


「だから、今、奇跡が起こるチャンスを増やしてるんでしょ? それが婚活ってもんだから」


 そう言われて、急に由佳子がうらやましくなった。

 私も既婚の身で言ってみたいよ、そういうこと。


「でも、全然、奇跡の気配もないよ。次々にオトコは来てくれるのに、結婚どころか、そもそも好きになれる人がいないわけよ。わざわざ時間と手間をかけて、似たようなどんぐりをただ右から左へ流していってるみたい」


「どんぐり!?」

 由佳子は目を丸くした。


「だって、まず、好きになれるかどうかってところからでしょ? でも、どこから入っていったらいいか、わからない人ばっかりでしょ? 取っ掛かりがなくて、好きになれそうなところを見つけられないうちに終わっちゃうでしょ? そういう人たちを振り返ってみると、みんな同じ、どんぐりみたいな印象になってるの」


 自分で言ってて、申し訳ない気持ちながら、可笑しくなってくる。

 珍魚呼ばわりだって失礼なのに、掻き分けて通り過ぎていったら、今度はどんぐりだなんて。

 ちゃんと、婚活ノートに一人一人の特徴や生態を書き留めておかなくちゃ、と密かに自分に言い聞かせた。


 お腹が満たされてきて、体もすっかり温まった。

 私はカーディガンのボタンをはずして、火照った頬を手であおぎながら頭に浮かんだことを何気なく口にした。


「あーぁ、もともと好きになれるような感じの人がたくさん来てくれて、その中から選べるんだったらいいのになぁ」


 ふと、堤のことを思い出す。彼の何がよかったんだっけ?

 そうだ、あの笑顔だ。

 こう言っちゃうのも不本意ではあるけど、最初は見た目が好みだったのだ。で、関心が向いて、見たり話したりしてるうちに人柄もいいな、となってきた。


 由佳子は黙ったまま、唐揚げの下に敷いてあったサニーレタスをせっせとお腹におさめる作業に専念している。私はかまわず続けた。


「結婚相手を外見で選ぶのってすごくイヤなんだけどさぁ、いっそ、写真でいいと思えるタイプに自分の方からアプローチしてみようかな。一番わかりやすい取っ掛かりだもんね、見た目って。理屈じゃない部分だし」


「えぇっ!? 今まで、自分からアプローチしてたんじゃなかったの!?」


 箸を止め、再び目を丸くしている由佳子の反応に、こっちが驚いた。


「だって、見た目で選ぶなんて失礼だと思ったし、それ以前に、向こうからいっぱい来てくれてたから。それに私、前にも言ったけど、ネット婚活ってイマイチ信用してなかったというか、成就する確率も低いと思ってたから、って感じでスタートして、ずっとそのスタンスのままだったんだよね。でも、それだとあまりにいろんな人が来過ぎるのよ。だから、どんぐりになっちゃうのかもって、いま思った……」


「なに、きれいごと言ってんの!? 見た目、大事じゃん! 私だって、一目惚れから結婚したんだよ? やだ〜もう信じられない、せっかくやってるのに、そんな受け身ばっかじゃ、ダメに決まってるじゃん! 見た目でもいいから、自分で選んで向かっていくの! こういうのは、正面突破でいかなくちゃ!」


 由佳子はおしぼりをテーブルに打ち付けながら、なぜか、これですべて解決したと言わんばかりに喜んでいる。


「次の打つ手、あったね! 年内に、『自分から突撃作戦』、絶対やってみなよ!」


「え、うん……」

 そんなにすごいことかな、と訝りながら、一応やってみようとは思った。


「その前に、今メールやり取りしてるもう一人の人と、そろそろ会ってみようかと思って。なんか、変わったメールくれるんだよね。ちょっとズレてるんだけど、逆に、実際はどんな人なんだろうって興味あって……。わざとボケてるのかもしれないしね」

「なに、それ」と、由佳子は興味なさそうに言った。

「とにかく、今までにいないタイプなのよ。まず、その人に会うのが先かな」


「それと平行してでもいいから、必ず、自分からのアプローチ作戦、やってみてよ!」


 そう念を押す由佳子に、「はーい」と私は明るく答えた。

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