せっかち vs のんびり。
小玉にとってその週末は、久しぶりに休みが取れるシフトだったのだ。だから、当座はそこが唯一の会うチャンスだという焦りと期待が高まったところに私が断ったので、キレてしまったのだろう。
この言われようは心外だったけれど、怒らせてしまったことは事実だ。
私はなかなか会えなかったことを謝り、騙したつもりもないし、時間の無駄とも思っていなかった旨、ていねいに説明した。仕事の多忙以外にも、生理で体調が悪かったとか、寝不足続きでやっと休める週末にはゆっくりしたいと思ってしまったとか、これまで断ってきた本当の理由はいろいろあったけれど、それは書かずに、ただひたすら仕事が忙しかっただけなのだと書いた。
そして実際、打診のあった週末は、正真正銘、仕事が入っていた。
「この週末も、金・土と地方の温泉宿に一泊で取材に行くことになっているんです。
体験記を書く仕事です。
友だちにもいっしょに体験をお願いしていて、夜だけは積もる話をしたり、
いろいろお互いの相談事をしたりすることになると思いますが(笑)、
それ以外はずっと気が抜けません。
帰ってから改めてメールします」
末尾にそう書き添えて返信した。もうメールは要らないと言われてもいいと思った。
が、すぐに返ってきたメールにはこうあった。
「先ほどは、きついことを書いてしまってすみませんでした。
そういうことだったんですね!
どん底だったのが、一気に天まで昇った気分です。
ありがとうございます!
泊まりがけで僕のことをお友だちに相談しようとしてたなんて感激です。
そんなに大事に考えてくれてるとは思えなかったので、
実はかなり落ち込んでいたんですよ。
ゼロは、いくら数字を掛けてもゼロのままですから、
その気がないなら、早く言ってくれと思ってしまいました。
完全に、僕の早とちりです。すみませんでした
よい報告を期待して待っています」
私は唖然とした。
そういうふうに書いたつもりはなかった。ただ、久しぶりに会う友だちだから、プライベート時間の夜だけは近況報告やら相談やらで延々とおしゃべりをすることになるだろうけど、それ以外は仕事なのだということを強調しただけだ。
しかも、この何段階もすっ飛ばしたような飛躍はどうしたものだろう。よい報告って何!? 完全に違う意味で早とちりしている。
あとで誤解を解かねばならないという面倒を抱えながら、体験取材に出かけることになった。
温泉宿での夜のおしゃべりは確かに楽しかったものの、朝方まで起きていたのはさすがに堪える。土曜日夕方に帰宅して、軽くごはんを流し込むと、私はそのまま朝まで眠ってしまった。
日曜日。
パソコンを開くと、小玉からメールが来ていた。
「すぐにメールをくれるって言ってましたよね?
昨日一日待って、今朝も確認しましたが、届いていません。
どんな気持ちで待っていたか、わかります?
またあなたに騙されたんでしょうか。
これまでよりもっとひどい。天国から地獄です。
こんなことなら、変な期待を持たせないでほしかったです。
目に余るマナー違反やルール違反があったら、
通報できるシステムもあるんですよ。
軽い気持ちでやってるのかもしれませんが、
適当なことばかりしていると、そのうち痛い目に遭いますよ。
もうこれで終わりにします。
あなたにお似合いの人を見つけて、どうぞお幸せに。さようなら」
私は頭を抱えた。
マナー? ルール?
そんな重大な過失を犯しただろうか!?
騙してなどいないし、適当なことをしてるつもりもない。いろいろ決めつけたようなことを言われながら、こんなにしんどい思いをしてるのに、軽い気持ちでと書かれてることにも納得がいかない。
直接の原因は、彼が勝手に設定した期限までに私がメールを送らなかったことなのだろうけど、私が「帰ったらメールをする」と書いたのは、「週末のうちに」くらいの意味で、日曜日いっぱいまでにはするつもりだった。そこまで厳密に書かないとダメなの!?
まるで、せっかち過ぎるオトコとのんびり屋のオンナの攻防みたいだ。
そこまで自分がのんびりしてるとも思ってなかったけれど、彼とは決定的に合わないのだとはっきりわかった。
このまま終了でかまわない。
ただ、通報という脅しとも取れる言葉が気になった。
疲れた頭であれこれ考え、結局、「誤解があったとは言え、不快な思いをさせて申し訳なかった」という趣旨で、こちらの非を謝罪するメールを送った。不本意ではあったけど、変に揉めて今後に響く方が嫌だった。
最後に、「わかったならよい。そんなあなたにどういう男性が合うのか知らないけど、せいぜいがんばって幸せになってください」というような、嫌味たっぷりの捨て台詞が来た。
「すみません。ありがとうございました。小玉さんも、どうぞお元気で」と返して終わりにした。
何から何まで納得いかなかったが、その気持ちのままに向かっていっても噛み合うと思えなかったし、小玉がそこまで思い詰めてしまった状況をまったく理解できないわけでもない。ただ、相手の事情をくもうとしない態度や、彼の進むスピードと気持ちの表し方が、私には受け入れがたいものだったということだ。だから、修復しようとも思わなかった。
勘違いが多いのも、お互いが合わないせいなのだ。
きっと、小玉にピッタリの人がどこかにはいるだろう。
久しぶりの宇宙人だったなぁと思う。正直、嫌な後味はなかなか拭えなかった。
メールはすれ違いや誤解が多いツールであることは重々わかっていたけど、それにしても、だ。
ほかの会員とも、メールやり取りだけが続いてなかなか顔合わせができないでいると、電話で話したいと言ってくるケースがあった。小玉からも何度か打診された。
でも、まだ親しくない人と、疲れて遅く帰ってきた時に電話で話すなんて、仕事のあとにまた仕事をするような気の重さがある。相手に熱があると通話を切り上げるタイミングも難しいだろうし、かと言って愛想よく話してると、相手が気をよくして、そのまま電話がコミュニケーション手段として定着することになるかもしれない。そうなると、束縛を感じて引いてしまいそうだ。
結局は、まだ好きになってないからなのだ。
——ゆっくり好きにならせてくれる人、いないかなぁ。
いつも、悠長なことは言っていられないとか、時間がないとか言っていながら、急かされてもついて行けない自分もいる。困ったものだ。
そして私は、忙しくて余裕がない時には、婚活を休んだ方がいいかもしれないと初めて思った。
今回は、本当は相手と会いたいのに仕事で会えないのか、仕事が忙しくなくても実はそれほど積極的に会いたいと思えない相手なのか、自分でもよくわからなかった。これでは見極めなんてできない。
柿原さんは、ちょっとくらいなら休んでもいいと言っていた。あれも、つまりそういう意味だったのかもしれない。
こうして私は、また一つ婚活のコツを学んだ……はずだった。
それなのに、のちに再び、同じ罠にはまることになるとは知る由もなかった。
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