駆け込み挙式の二人。

 地下鉄を降りると、私はそのままホームのベンチに座った。

 すぐに家には帰りたくなかった。


 車両が入ってきて乗客が吐き出されてくるたびに、携帯電話を手に持ち、連絡待ちでもしてるように装いながら、今さらのように堤の質問の真意を測ろうと考え続けた。ここで答えを出さなければ、いつまでも引きずるような気がして。


 自分のことはわかっている。

 私の気持ちは、結局はずっと一つだった。結婚後の不安はありつつ、それ以上に好きな気持ちを拭えずにここまで来ていたのだ。


 堤は、それを感じていたのだろうか。


 だけど、感じていたとして、今さら私の気持ちを聞いてどうする?


 もし私が告白していたら、清香との関係をなかったことにするつもりだった?


 いや、それはないだろう。


 じゃあ、ただ私の口から気持ちを聞きたかっただけ?


 何本もの地下鉄を迎え入れては見送りながら、思考はいつまでも堂々巡りした。

 結局、堤の質問の真意を私が知ることは、永遠にないだろう。


 きっと私は、自分が好きだと言ったとして、それで何かが変わるという確信が持てなかったのだ。彼が清香と結婚まで行きそうなことですでに傷ついていた。そして、さらに告白してもそのまま成就せず終わるなら、つまりフラれるなら、もっと傷つくだろうことを恐れたのだ。


 ここまで来たら、「当たって砕けろ」でいいのに。

 臆病な私は、それができなかった。


——やだ、私ったら、言わなかったことを今ごろ後悔してるの?


 いずれにしても、清香、堤、そして自分自身との闘いに全敗したのだ。


 私はため息をついて立ち上がると、駅をあとにした。



 翌日、私と堤があのあとどうしたのか気にしているだろう千春にメールを送ると、すぐに電話がかかってきた。


「真奈絵さん〜。それ、絶対に、堤さんの最後の駆け引きだったんだと思うよ」

「だって〜。もう、結婚すると思うって言ってたんだよ?」

「だから、そうやって真奈絵さんを追い込んで、最後の賭けに出たんだってば」


 どこまでもポジティブな千春に、同意しかねる私がいた。ゆうべのあの雰囲気の中に、そういうものがあったようには感じられなかった。


「あのね、千春ちゃん。賭けだったとして、そんなことするのって、堤さんが私のことを好きだってこと?」


——堤が私を?


 自分で言ったくせに、ドキッとした。そんなふうにはっきりと言葉にして考えたこともなければ、実感したこともなかった。私は自分の気持ちと迷いで精一杯だったのだ。


「え? そりゃ、そうだよ。じゃなきゃ、ただのプレイボーイじゃん。人の気持ちを弄ぶ、みたいな」

「堤さん、確かにプレイボーイって感じじゃないけど……。ん〜。だったら、自分から言ってくれてもいいわけだよね? そしたら、私だって……」

「ふふふ。真奈絵さん、それは向こうも同じだったんじゃない? きっと真奈絵さんが結婚も含めて自分のことをどう思ってるのか、堤さんも確信がなかったんだよ。それか、清香さんがよっぽどやり手だったんだね」


 その時、私の頭に堤の言葉がよみがえった。


——じゃあ、もう仕事に生きる?


 私は確かに堤の前で、仕事は続けたいと言っていたけれど、仕事に生きるのかと訊かれたらどうだろう。そうではない、と答えるだろう。微妙な違いがある。


 だけど堤は、私の仕事のことが引っかかっていたのだろうか。

 つまり、妻には仕事をやめて、いっしょに農業をやってほしいということ?


「だからやっぱり、何かすればよかったのにぃ〜。もうあとは運を天に任せて、もしまた電話ででも話すような機会があったら、今度こそ、実は……って言ってみたら? ヘンな話、籍入れるまではチャンスあるんだから」

 最後に千春が、半ば笑いながら言った。


 もう、堤とどうこうなりたい気持ちはなかった。が、せめて、思いだけでも伝える?



 秋もそろそろ終わりを告げようというころ、私は例年通り、夏場に少なくなる仕事量を挽回すべく、仕事に邁進していた。堤とのことが紛れて、ちょうどよかった。


 そんな中、山辺からメールが来た。

「突然だけど、式が来月に決まったので、来てくれない?」


 彼女が誕生日を迎える前に挙式したいということでもともと急ぐつもりでいたところに、来月のキャンセルが出た式場があったので、決めてしまったとのこと。急なので親族だけで済ませることも考えたのだが、チャペルで執り行う式だけでも近隣の友人たちを呼ぼうということになったらしい。


「それだと、俺の方だけ極端に人が少ないんだよ。出てくれるだけでいいので、お願いします」と書いてあった。


 千春と連絡を取り、多少冷やかしの気持ちもありで出席することにした。

 堤は来るのだろうか。気になったが、連絡は取らなかった。



 十二月の半ば、私たちはホテルのチャペルで山辺を祝福した。


 噂の彼女は、ずいぶん年上に見える感じの人だった。新婦側の列席者には、子供連れの友人が二組くらいいる。


 式が終わって席を立つと、一番後ろに堤がぽつんと座っていた。私たちよりずいぶん遅く来たのだろう。

 にこやかにこちらに近づいてきて、「二人とも、感じ違うね〜」と言う。今日の衣装のことだろうけど、褒め言葉かどうかわからない。

 そして、屈託なく「下のラウンジで、お茶でも飲まない?」と言った。


 ラウンジは混んでいた。かろうじて空席を見つけて、私たちはコーヒーを頼んだ。

 ウエイトレスが行ってしまうと、堤が口を開いた。


「実は俺も、することになったんだよね」


 その言葉に、私は自分が反応を返せてないことに気づいてもいなかった。

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