追憶 三

 おらがせつとであったのは、せつがまだ、おらよりもずっとずっとちいせえときだった。


「ひっく……うえっ……」


 せつはおやまのいっぽんすぎのしたで、しくしくとないてた。くやしいくやしいって、こころんなかでさけんでた。

 おらはうまれたときから、ニンゲンのこころのこえをきくことができた。おらをみたニンゲンは、みんなこころのなかで、こえぇこえぇってないていた。

 でてったら、またいつもみてえににげられる。そうおもったのに、そのときだけは、おら、どうしてもほおっとけなかったんだ。


「……おめ、どうしただ?」

「!!」


 こえをかけると、せつはなくのをやめて、おらをみた。めんたまがこぼれおちそうなくらい、めをおおきくおおきくかっぴらいてた。

 でも、ふしぎだな。なんでかこえぇってこころのこえは、ぜんぜんきこえてこなかったんだ。


「……誰だ? おめ……」

「だれ……わかんね。ただ、おめがないてるのきになったから、きた」


 せつのといに、おらはしょうじきにそうこたえた。おらがいってえなんなのか、おらじしんにもよくわかんなかっただ。

 そしたら、せつは。さっきまでないてたのがうそみてえに、きょとんとして。


「……自分の事なのに解んねえって、おめ、面白おもしれェ奴だな!」


 そういって、こわがりもせずに、からからとわらったんだ。



 それから、せつはいっぽんすぎのしたによくくるようになった。

 いろんなことをはなしてくれた。むらでたったひとりのむすめっこだからって、あくたれどもにいじめられること。おっとうとおっかあはうまれたばっかのおとうとにかまいっきりで、ちいともはなしをきいてくれねえこと。

 おらにはニンゲンのくらしはよくわからなかっただが、せつはおらがだまってはなしをきくだけでもうれしそうにしてた。こんなことはなせるのはおらだけだって、よくそういっていた。

 せつはウソをぜってえつかなかった。おらがこころをよめるってしらねえときも、しってからも、ぜってえかくしごとをしなかった。

 おらはそれが、とてもうれしかった。そして――いつしかせつのことが、だいすきになっていったんだ。



「たろさは不思議な奴だな」


 あるひ、いつものようにいっぽんすぎであそんでるとき。きゅうに、せつがそういった。


「なにがだ?」

「おめといると、心がお日様みてえにあったかくなるだ。こげな気持ちになるの、おめだけだぁ」


 それはおらのいうことだ、とおらはおもった。だっておらよりもせつのほうが、ぽかぽかで、おひさまみてえなんだ。

 たろ、ってなまえをおらにくれたのも、せつだ。せつはイヌみてえでごめんなっていったけど、おらはそれまでなまえがなかったから、すごく、すごくうれしかったんだ。


「もしかしたらおめは、山の神さんなのかもしれねえな」

「おらが?」

「そうだ。だから人の考えてる事が解ったりするんだ。そうにちげえね!」


 せつはなんだかひとりでかってになっとくして、うんうんうなずいていた。……せつはうそはつかねえが、かんがえてることはときどきわからねえ。


すげェなぁ! おら、神さんと友達さなっちまった!」


 ……でも。

 せつがそういってうれしそうにわらうから、それでいいかっておらはおもった。



 ――そう。

 せつがわらってくれれば、おらは、それだけでよかったはずなのに。






 おらは、どこで、まちがってしまったんだろう?

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