三十四話 異変の真実もしくは推測

 それは人のようでやはり違う、何かの形をしていた。

 怪しい人影を追って来たアルとジャイルが目にしたのは、何かの実験室と思しき地下施設。

 円形の筒型のガラス管……それも大人一人がすっぽりと収まりそうな大きさ。

 それが等間隔に大量に並べられているとあれば、何に使われていたかなど想像するまでも無い。

 そして中に入れられていたのは————。


「これは……」

「やれやれ鼠を追いかけていたらこんなものに出くわすなんて……ね」


 余りの光景に言葉も詰まる従者と同じくらい、内心ではアルも動揺していた。

 複雑で迷路の如し通路を抜け怪しい階段を発見。聖十字騎士団へ報告してる時間も惜しいと踏みこんだ矢先がこれだ。

 つくづく、自分は例の秘密結社の暗部を暴く立ち位置にいるらしい。

 それも精霊教会のお膝元である聖地の地下で、これほど大掛かりの実験設備。

 無色透明な液体の中に頭まで漬けられているのは人……ではあるのだろう。

 が、装置内部から管が胸を貫いて繋がれ、胸部の切開された跡から不気味な赤い光が点滅してるとあれば、それは果たして人と呼べるのだろうか。


「人体実験……でしょうか?」

「少なくとも解剖の後と思うのは無理があるね……。それに————」


 アルは隅に雑に積まれた木箱に目を向ける。

 溢れんばかりに詰められているのは禍々しい紅い色合いの玉。それも連換術師が扱う連換玉のようでもあり、アルケーが各地の工作で使用してきたニグレド、アルベドとも形状が似ていた。

 

「確かマグノリア支部のロレンツ君からレポートが届いていたね。忙しくて余り読み込む時間も取れなかったけど、印象的に残っている単語が幾つかあった」

「それはなんでしょうか?」


 珍しく青ざめている従者から促され、アルは記憶を思い起こすように口を開いた。


「順番に整理するよ。これまでマグノリア、皇都と異変がアルケーによって立て続けに起こされた。最初の異変の起点となったのは黒い連換玉……当時、何者かから言われるがままに異変を起こす片棒を担いでいたグレゴリオ元司祭によれば、ニグレドと呼ばれていたらしい」

「ニグレド……ですか。確か帝国の古語で『黒』を示す言葉でしたな」

「流石は博学なジャイル君。そして、次。皇都で引き起こされた異変だ。こちらでは白い玉、アルベドと呼ばれるものが皇都の各地で見つかっている。仕掛けられていたのは、僕たちとグラナとシエラさんが乗り合わせた汽車の機関部。皇都中に蜘蛛の巣のように張り巡らされた水路の中だったね。こいつは大気に含まれる四大属性のエーテルを反発させて、エーテルそのものをおかしくするだけでなく、都市生物の異常成長を促進する働きや、水と反応して非常に密度の濃い人体にも有害のエーテル断層を作り出す恐ろしい代物でもあった」


 異変の最中には超常現象としか思えなかったことに関しても、時間が置けばこれだけの詳細がつまびらかにされる。それだけ連換術協会の研究員達が優秀だという証左でもあり、期せずして世界の元素研究の最先端を行く組織の長となったことに、アルは若干の恐ろしさをも感じていた。


「これまでの異変については理解できましたが、若はこの研究施設も異変と関連があるとお思いで?」

「ああ。唐突な質問で失礼するがジャイル君。『賢者の石』という言葉を聞いたことは?」

「賢者の石……。錬金術において不老不死をも手に入れることが出来ると呼ばれる?」


 戸惑いながらもジャイルはこれまでの研究で蓄えた知識を口にする。

 何故、若は異変と関係なさそうな既に廃れた錬金術……を、それも今となっては眉唾でしかない賢者の石などについて訊いてきたのかと、疑問は尽きない。


 そんな従者の心情に応えるように、アルはすっと目を細めた。


「ロレンツ君のレポートにね、こう記されていたんだ」 


 ——仮説の枠は飛び出ないが、一連の異変は錬金術における賢者の石の生成過程に見立てたものではないか——


「ど……どういうことですか??」

「さっきジャイル君が説明した通り、ニグレドは帝国の古語で『黒』を指す。黒は錬金術に置いては「死」「腐敗」を意味する色だ。賢者の石の材料……詳しくは割愛するけど、硫黄と水銀を「哲学者の卵」と呼ぶらしいフラスコに入れ、アタノールという特別な炉で加熱することにより、硫黄と水銀が結合して真っ黒に変色するらしい。この現象を黒色化……『ニグレド』と呼ぶのだと」

「なん……ですと……」


 開いた口が塞がらないというのはまさにこのことを示すのだろうと、ジャイルは痛感した。

 アルが説明したその内容は余りにも、マグノリアが直面した異変と相似するものだったからだ。

 「死」「腐敗」は街中に蔓延していた流行り病……ニグレドの影響と思われる奇病。

 そして「炉」とは、文字通り赤く染まったエーテルで覆われた街そのものを指すのだろう。


「では……皇都の異変で使用されたアルベド……こちらは『白』を指す言葉ですが、これも賢者の石の生成過程を想起するものだと?」

「その通り。さっき説明した黒色化の次の段階が白色化だ。白は「復活」「再生」を意味する言葉であり、まさにそれを体現する出来事が皇都で引き起こされたね」

「水の精霊の御神体……。あれが地上に出て来たことさえもアルケーの計画の内であったと?」

「おそらくね。連中の目的は未だにはっきりと明かされたわけじゃないけど。……それらを踏まえて今、僕たちが居る聖地だ。賢者の石生成の最終工程、赤色化と思しき実験の跡を僕たちは目にしてしまった訳さ。因みに「赤」はどんな意味を持ってるのかな? ジャイル君?」

「赤……ですか。確か「完成」「完全」を意味したかと」


 動揺を抑えながらジャイルはどもりながらもなんとか意味を口にする。

 ——完成、完全。

 それは自然界に置いて、例え人間であっても決して到達しえない領域。

 何故なら個で完成された完全な生物など、いるはずが無いのだから。


「そう。まさしく賢者の石が持つ特性を意味する色さ。不老不死を可能にし、人間の霊性を完全なものに完成させる……万能の石。そんなものの存在を信じてはいないが、こうもあからさまに物的、状況証拠を残されると……ね。連中なら、賢者の石の生成に成功してたって驚くことでもないと思わされてるのが、無性に腹が立つけど」


 木箱に歩み寄ったアルは無造作に積まれたそれを見やる。

 血の如き妙な質感を持った深紅の玉。

 今にも脈打ちそうな管を繋げる穴が開けられたそれは、精巧な心臓の模造品のようですらある。

 先ほどの実験体の胸から見えた赤い光はおそらくこれが発したものに違い無い。


「……若。長居をしすぎました。今すぐここを離れましょう」

「待ったジャイル君。手ぶらで帰るわけにいかないさ。取り敢えず、今のところこの赤い玉……ニグレド黒色化アルベド白色化と来ればルベド赤色化と呼ぶのが相応しいか。とにかくルベドに危険性は感じない。念の為、エーテル遮断容器に入れて一つ持ち帰ろう。口で説明したって聖十字騎士団が信じてくれるか分からないからね」


 だが、流石に直接素手で触るのは流石に肝が冷える。

 ポケットから革製のグローブを取り出し、アルは用心の為、右手に装着した。

 赤い玉、ルベドが積まれた木箱に恐る恐る手を伸ばした瞬間————。


 一瞬で背後を取られ背筋が凍りついた。


「————随分と事情に精通していそうじゃないかさね? そこの異邦人?」

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