三十三話 もしもの話

 その後も俺とカインは順調に試練を制覇していった。始祖ジュデッサの逸話から突破口を得て、次々と聖獣との対話……もとい試練をくぐり抜ける。


 開始こそ出遅れたものの、遅れを取り戻す勢いだ。三つ目の大蛇との試練もどうにか達成し、ほっと胸を撫で下ろす。


「……助かったよ。グラナが蛇の特性を知っていて」

「似たようなことなら以前にもあったからな……。さっきの蛇は大きさが桁違いだったけど」


 蛇は目が見えない代わりに熱源を舌を出し入れすることによって察知する。

 三つ目の試練は、小山のように大きな大蛇に見つからないよう、出口まで抜けるというものだった。


「連換術無しでよく突破出来たもんだな……」

「僕は事情を知らないけど、どうして急に使えなくなったの?」


 水筒の水で喉を潤しながらカインが尋ねてきた。微妙に返答に困る質問だ。

 どこまで伝えればいいのやらと、言葉を選びながら皇都で遭遇した不思議な出来事を掻い摘んで説明してゆく。


「————風の精霊と行動を共にしてたの!?」

「な、なんだよ? そんなに驚くことなのか!?」

「そ……そりゃ驚くよ!? それもまさか風の精霊だなんて」


 あのクソ生意気なガキ精霊とは、そうまでして驚かされる存在なのだろうか。

 俺からしてみれば神出鬼没の得体の知れない精霊であり、勝手に力を授けた癖に、勝手に取り上げる理不尽極まりないクソ野郎の印象が拭えないのだが。

 

「もしかして知らないの? 風の精霊が特別な理由」

「知らないも何も、俺は精霊教会の信徒じゃないからな。連換術はともかく精霊についてなんてちっとも詳しくないよ。ただ、風の精霊が聖女と関わりがあったことを、皇都で初めて知ったくらいで」

「————そういうことなら、教えてあげる。風の精霊こそが聖女に啓示を伝えた精霊なの」

「……え」


 耳を疑った。あのガキ精霊が聖女に啓示を伝えたなんて。

 だが、なんとなく納得感はあった。マグノリアの高台……「聖女が精霊から啓司を受けた丘」と呼ばれる場所は、いつ訪れても心地の良い風が吹いている。

 癇癪を起こしたガキ精霊が巻き起こす風とどこかよく似た————。

 

「まさか、マグノリアから来たグラナがこのことを知らないなんて。聖女生誕の地とはいえ、伝承はやはり時に埋もれてゆくものなんだね————」

「いや、そこまで責任を感じなくても……」

「ううん。これも、大陸最大の宗教だと何世紀にも渡ってふんぞり返っていた教会の罪なんだよ。時代は変わり始めた。いつまでも、事実から目を背けていては駄目なんだ」


 腐敗した教会を一度まっさらにして作り直し、次の世代へと繋げてゆくことを、自ら課した次期教皇候補は静かに拳を握りしめる。

 そんなカインを頼もしく思いつつ、俺は一向に戻ってくる気配の無い風の精霊に心底嫌気が差した。

 あいつにも何か事情があるのかもしれないが、危険極まる試練を連換術無しで切り抜けるのは無理がある。

 三つ目の試練まではなんとか上手くはいった。しかし、次の試練がそう簡単に突破出来るとも思えない。


「……予備の可動式籠手と連換玉を持ってくるべきだったな」


 無い袖は触れず、無い物ねだりも甚だしい。が、今はこの状況を踏まえて進んでゆくしか無いのが歯痒い。

 もし、もしもだ。今回だけでは無く、長期間に渡って連換術が使えなくなってしまったら——と嫌な予感だけが募る。

 その時、俺は。無力な俺は。大切なものをどうやって守ればいいのだろうか? と。


「考えすぎ……か」


 あくまでも今は一時的に連換術が使えないだけだ。連換術協会が置かれていない聖地で連換玉を調達するのは骨が折れるだろうが、皇都に戻りさえすれば大丈夫なはず。

 なんだか変な気分だ。エリル師匠に師事してから連換術とは切っても切れない生活をこれまで送ってきたわけだが、使えなくなっただけでこんなに心細くなるとは。


「どうしたの? さっきから思い詰めているようだけど」

「……悪い。調子が狂うことばかりで、気が休まらなくてさ。ま、いつものことか」


 嘆いていても事態は好転しない。そんなことは、これまで何度も繰り返してきたはずなのに。

 何かの知らせというやつだろうか。このままずっと、異能の力を失いそうな気がして————。


「余り悪い方ばっかりに考えなくてもいいんじゃない?」

「……え」


 思考を読まれたかのようなカインの一言に、間の抜けた声が出る。

 水筒を差し出しながら、カインは呆れた眼差しを俺に向けていた。


「神秘も信仰もいずれは消えてゆくものだよ。遙かな昔、精霊がこの地に降り立つ前に存在したと伝わる神々が、今を生きる人々に息づいていないのと同じようにね」

「……初耳だぞ、それ。神様なんて本当にいたのかよ?」

「神じゃなかったら誰が精霊を創造したと思うのかな? とまあそれは置いておいて、連換術が何の力の恩恵なのか、それとも烙印なのかは分からない。けれど、グラナが僕たちからしてみれば異端の力を行使することが出来るのは、本人にも預かり知らない意味がある————と僕は思ってる。だから、本当にその力が必要な時がくれば、臍を曲げた風の精霊様だって力を貸してくれるはずさ」

「どうだか……な」


 水筒を受け取り喉を潤す。霊山の湧水を汲んだそれは、普段飲む水とは違い、すっきりとした喉越しだった。


「さんきゅ。さーてそれじゃ、残りの試練もちゃっちゃっと終わらせるか」

「おうとも! ……フフッ、どさくさ紛れの間接〇〇作戦大成功」

「なんか言ったか?」

「なーんにも! さあ! 行くよ! グラナ! 頂上はもうすぐだ!」


 いつになく機嫌の良いカインと共に、光差す霊洞の出口へと足を向けた時————。

 

 背後から途轍もなく嫌な気配を感じた。


「……っ!?」


 思わず背筋が震える。悍ましい執念にも似た何かのドス黒い感情。

 振り返ってみるも、後ろには怪しい影も見えず、ただただ気持ち悪い冷や汗だけが額から流れ落ちる。


「……なんだよ、これ?」


 気配は今俺たちがいる上層から随分下の下層の方から感じた。

 心なしか霊洞内の空気も震えているような気がしないでもない。


「グラナ? どうしたの?」

「いや、気のせいだ。先を急ごう」

「う、うん?」


 とにかくこのままここに留まるのは危険と判断する。

 確証も何もない只のカンだが、悪い予感に関して云えば外れたことは無い。

 アルクスとフレイメルは無事だろうか、と思いつつも得体の知れない緊張感を強いられながら先を急いだ。

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