ここまでの旧約 マグノリアの連換術師 後編

(前編からの続き)


 異様に気温と湿度が高い地下水路の中で突如それは起きた。顔を突き合わせればいがみ合う仲のグラナとペリドは些細なことから言い争いから殴り合う事態に。あわや一触即発の危機を救ったのは、同じく地下水路の調査を行っていた水の連換術師アクエス・エストリカだった。


 彼女が連換した霧により不快な熱を持つエーテルは鎮静化。事態を重く見た一行は現状をミシェルに報告。ペリドは身体に異常をきたしていないか検査を受けることに。


 翌日。これまでも様々な不幸と不運に見舞われてきたグラナのお祓いの為、北地区に造られたラスルカン教のモスクを訪ねた新米師弟とアクエス。そこでアクエスが懇意にしているラスルカン教の祈祷師から、ラサスムに置いての精霊の概念「ジン」という言葉を耳にする。


 モスクの最奥、四柱の間と呼ばれ天井に数多の精霊の似姿が描かれた不思議な部屋で、祈祷師からお祓いを受けるグラナ。人に宿るジンは眠っている時で無いと、その存在を確かめることは出来ない。


 香が焚かれた部屋で眠りに落ちたグラナの心象世界に現れたのは、年端もいかない幼い精霊の子供。これまでの恨み恨みを精霊にぶつけるグラナは無意識の内に、連換玉無しで連換術を行使していた。目を覚ましたグラナに祈祷師から、お祓いは出来なかったが取り憑いている精霊ジンは無害なものであると知らされる。


 と、そこへ偶然モスクを尋ねていたカマル王子の従者から、皇都下層区域から入れる下水道内にラスルカン教過激派教徒が出入りしていると一報が入る。


 大事なことを黙っていたカマル王子を殴ったことの埋め合わせに、過激派教徒の潜伏先と思われる下水道への同行を王子から求められた新米師弟とアクエス。悪臭こもる下水道内に踏み込むが、そこで待ち構えていたのはラサスムの元将軍であり賊に身を落としたバーヒルと、一年前マグノリア貴族街でも暗躍していた燕尾服を着た商人を装う小柄な男、ビジネスだった。


 不意を突かれビジネスの黄金の連換術によりシエラを連れ去られてしまった上に、事態に介入してきた教会の武装集団、聖十字騎士団を従える灼髪の従司教が巻き起こした連換術としか思えない爆撃を至近距離でくらって、対峙していた元将軍共々意識を刈り取られたグラナ。


 運び込まれた皇都第七親衛隊の宿舎にて、黄金の連換術師の後を追っていたアクエスからシエラの奪還に失敗したことが告げられた。


 失意に沈む彼らに、市街騎士団から第七親衛隊に異動が決まったクラネスより、とあるお方からの言伝が届けられる。


 それは皇都の中心におわすやんごとなきお方、セシル皇女殿下からの直々の呼び出し。不審に思いながらも通された帝城の二階テラス。グラナが来るのを今か今かと待ちわびていたセシル皇女から告げられたのは、未だ行方知れずの師について。


 グラナの師、エリルとセシルは腹違いの姉と妹。ゆえにエリルの弟子であるグラナには姉を案じている気持ちが分かってくれるだろうと、一縷の望みを抱いていたことを告げられる。


 そして皇女は語る。グラナが師と離れ離れになった原因、彼の故郷ミルツァ村の焼き討ちについて。帝国を影から守護する役目であった一族の一員であったエリルは、教会が喉から手がでるほど求めていた《精霊の落とし子》と呼ばれる特別な力を宿す子供二人を、教会の手から守る為に村に滞在していたのだと。


 そして、教会は精霊の落とし子をその庇護下に迎える為、村を異端者の巣窟とみなし地図から消した。直接手を下したのは、恐らく教会となんらかの繋がりがある秘密結社、根源原理主義派アルケーだろうとも。


 ようやく掴んだ師への手がかり。二人が共に大切な師と姉を取り戻す協力者として認めあったその場に現れたのは、教会上層部失楽園に所属する枢機卿レイ・サージェスと側付きの従司教フレイメルだった。


 罪の告白を促す審判者のようにシエラを攫われた責を問う枢機卿。一連の失態を禊ぐ最後の機会として目前に迫った皇太女の儀までに、彼女を奪還することを条件としてグラナに突きつける。もし成し遂げられぬようなことがあればその時は、グラナの身柄は教会で預かるとの最終宣告を添えて。


 二人が去った後、自らの力不足を謝罪するセシルを見て彼が想うことは一つ。

 落とし前は自分の手で着ける決意を、深く胸に刻んだ。


 連れ去られたシエラの行方の手がかりとして、アクエスが地下下水道を抜けた先で対峙した黒衣の女性との戦いの最中に偶然手にした、ひび割れ落ちた銀性の仮面アイマスクの破片から調査を進めることに。


 歌劇にも使われている物品であることを突き止めた一行は、つい最近同じ製造元の仮面を買い求めた歌姫が所属する皇都帝立歌劇場を訪れた。ファンを装って探りを入れるグラナに歌劇団ガルニエの歌姫からとある依頼が持ちかけられる。


 それは8年前、歌劇場で誘拐された歌姫の弟を連れ戻すこと。弟の正体とは皇都に向かう汽車の中に現れたあのヴィルムのことだった。恐らく彼も根源原理主義派アルケーの構成員の一人と睨んでいたグラナは依頼を引き受けることを決める。


 そんな中、厳戒態勢の公爵邸から皇都北地区に位置するアクエスの実家へと念の為に移動する際、アクエスもエリルと繋がりがあることが判明する。11年前、帝国とラサスムの緩衝地帯に位置する古都ヒエロソリュマで勃発した宗教紛争。秩序が崩壊したその戦場で、エリルと育ての親である東方より帝国に向かう途中だった武聖リャンに助けられたことをアクエスは明かす。


 アクエスの育ての親、そして師の師である武聖から東方体術の基本の型を改めて学ぶグラナ。その中でエリルから骨の髄まで叩き込まれた「玄武の型」の由来を知る。東方の神獣の名を冠するそれは、人には過ぎた力を持つ者を地に繋ぎ止める為の型。

 師の言葉には出さずとも己を案じる想いを知り、改めて多くの人々から支えられていることを噛みしめる。


 枢機卿から提示された期限までに武聖に一撃を入れる試練を成し遂げたグラナだったが、その間もシエラの行方を探していた仲間達の元へと急ぎ戻る途中で消息が途絶える。


 グラナは地底深くに造られた地下牢で気絶から目覚めた。そこは根源原理主義派が秘密裏に帝城の目の前にある湖の地下に造った拠点の一つだった。拘束されたまま連れて来られたのは、異様な気配を漂わす根源原理主義派の盟主クピドゥスと名乗る少女の御前。年端もいかない姿の彼女の正体は人が犯した原罪の一つ、《強欲の災厄》が具現化した存在だった。


 人智を超える存在を前に、愛用の篭手と連換玉を奪われたグラナに戦う術は無い。クピドゥスによって精神操作されたシエラは、命じられるまま広間の最奥に安置された不気味で巨大な水泡に眠る水の精霊の御神体を目覚めさせようとしていた。その行為を止めようとし、使徒の一人であるヴィルムに身体の自由を奪われたままグラナは必死に弟子に向かって叫ぶ。


 絶対絶命の窮地。その時、現れたのは夢の中で邂逅した風の精霊。精霊が起こした風がグラナの左腕を覆う。それは形を為して翡翠色の可動式篭手に変化した。


 風の精霊の助力によりグラナは操られたシエラを開放することに成功。安堵したのもつかの間、広大な地下空間に鬨の声が響き渡る。


 それは囚われのグラナ達を救出する為に大人数で乗り込んで来たクラネス、セシル、アクエスを始めとする第七親衛隊の大部隊。秘密の拠点を突き止める鍵となったのは、エリルが残した調査資料によるものとセシルから伝えられるグラナ。


 水没を始めた地下空間から辛くも脱出し、帝城に戻れば皇都の状況は一変していた。水の都全体を覆う人を決して通さない、高農度のエーテル層の形成。そして、長い年月の水の汚染により不浄な存在に変貌した水の精霊の御神体が、湖底を突き破り浮上を開始していた。


 風雲急を告げる事態が進行する中、シエラの持つ七色石のロザリオを介してエルボルン大河の中流域、ローレライの巨岩に異変の元凶があることを突き止める。


 皇都中でエーテル汚染により巨大化したネズミを始めとする都市生物が闊歩する中を、気づかれないように北地区へと向かったグラナ。モスクの祈祷師から皇都の外へと繋がる地下通路の存在を知り、外へと抜け出ることに成功したグラナの目の前に真夏ではあり得ない光景が映った。


 北国の氷河を思わせる清流の流れがそのまま氷ついた大河の上を辿った先に待ち構えていたのは、探し求めた師の変わり果てた姿だった。


 漆黒の黒衣を纏い、闇夜に溶けるような可動式篭手を構えた暗殺拳を得手とする、今はヴェンテッラと名乗る女と幻想的な光景の中で死闘を繰り広げるグラナ。


 武聖から授けられた《四象の型》で立ち向かう弟子と、東方の伝承に伝わる邪霊の名を冠する対人に特化した外道の裏四凶の型で、それを迎え撃つ師の肉体を掌握した根源原理主義派の使徒。


 決着はグラナに軍配が上がる。師の身体にヴェンテッラの人格を植え付けていた仮面アイマスクは破壊され、ヴェンテッラは消滅した。


 崩れ落ちる師の身体を背負い、元に戻りつつある大河の川岸へと目指すグラナの前に、異変の対処に当たっていたビスガンド公爵一行が、あわや大河に流される寸前だったグラナとエリルを救出。


 気を失ったままのエリルを野営地に残し、公爵とグラナが向かったのは異変の元凶である巨岩。中には空想元素をその身に宿した「水の聖人の亡骸」が封じられていることを、聖人と縁ある血筋であると明かした公爵は語る。


 秘密結社に悪用されぬよう、大河からほど近い隠された霊廟へ亡骸を移送する公爵と別れ、今も奮闘している仲間達のところへと大河を遡るグラナ。


 異変を増長している汚染された水路の水を全て抜く為、シエラ、アクエス、セシルの三人の水の連換術師と協力し、地下遺構の仕掛けを起動することに成功。


 しかし、各人の働き虚しく水の精霊の御神体が水が抜けた湖に姿を現す。

 人智を越えた歪んだ精霊を鎮める最後の手段とは《歌》だった。とある事情で教会の聖歌隊より鎮めの歌を知らされていた歌姫と共に、聖女、聖人に縁あるシエラとセシル、そして歌姫が歌う《鎮めの歌》によって、水の精霊は再び眠りについた。


 皇都の異変から二週間後。未だ復興作業が続く中、新米師弟はとある知らせを受けて病院へと向かう。昏睡から目覚めた師と感動の再会はしかし果たされることは無かった。


 東方の治癒術ならばあるいは……、そう告げる武聖。記憶を失ったエリル————スイという名を貰った、かっての師を武聖に託すことをグラナは決心する。


 武聖と翠が乗車した大陸の果ての清栄シンエイへと向かう汽車を見送るグラナとシエラとアクエス。エリルの記憶が無事に戻ることを精霊ではない何かに向けて、連換術師は祈りを捧げた。

(二章ここまで)

 

 


 



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