七十五話 VS疾風の連換術師

「宿主……だと。お前は師匠の身体に間借りしている人格なのか?」


 得体の知れない何者かが師匠の口で語っているとしか思えない奇妙な状況の中、俺とヴェンテッラは同じ獲物である可動式籠手を激しく打ち付け合う。

 体捌き、反応速度、よく観察しないと分からない仕草や癖の数々。それら全てが今、相対しているのはあれだけ探して行方知れずであった師匠であると物語っていた。


 だが、やはり俺が戦っているのは師匠では無いようだ。正確に言うならば師匠の身体を操っている何者かなのだろう。その証拠に、さっきから繰り出してくる拳打、蹴撃の全てが人体の急所を的確に射抜こうとしているのは殺意の現れに他ならない。


 ギリギリで防げているのは見切りに特化した青龍の型を用い、師匠の体術の癖を熟知しているからに過ぎなかった。師匠の身体の潜在能力を更に引き出し、暗殺拳に特化させたような型をこの女は独自に会得しているらしい。


「——もし、そうだと言ったらどうするのです?」


「……師匠を取り戻す可能性が残されてるってことだよ。洗脳された俺の弟子も何とか取り戻せたからな。——対処法が判明してるだけ、すべきことは分かってる!」


 ずっと気にはなっていた。四日前、シエラを連れ去られた時にアクエスと対峙したこの女は、仮面アイマスクを割られると速やかに撤退したのだと。

 あの仮面は師匠の自我を封じて空っぽの器にするような代物だったのだろう。

 それも師匠の裏の顔である影の一族の継承者の証と、よく似た意匠のものという明確に誰かに向けたメッセージのようなものを見せつけられるのが歯痒かった。


「大口を叩くだけあって、こちらの動きにはついてきますか」


「師匠には組手やら、かかり稽古やらで散々しごかれたからな。怪我したくなけりゃ、強くなれ! っていうのがあの人の教えだ」


 もう何度目かの籠手の打ち合いで鍔迫り合いのように、ヴェンテッラと密着する。

 仮面越しでもここまで密着すれば嫌でも顔の輪郭は判別出来る。

 高い鼻梁に、艶のある大人の唇。村の酒場でべろんべろんに酔っ払った師匠をルーゼと二人で連れ帰る時に、酔った勢いで顔に肌を擦り付けられたのを今でもよく覚えている。

 だが目の前の女の肌は師匠の健康的で赤みのある頬は見る影も無く、新雪のように真っ白だった。


「お前は……いつから師匠の身体に取り憑いてるんだよ!?」


「————取り憑いてるとは、心外ですね。私とて生きている人間ですが?」


 下から俺の顎を撃ち抜くように蹴り上げるヴェンテッラの動作を見切り、咄嗟に籠手で弾いて距離を取る。ヴェンテッラは足を振り上げた勢いのまま宙返りし、離れた位置に陣取ると闇色の籠手に周囲のエーテルを収束させた。


「体術の腕くらべはここまで。ここからは本気で行かせてもらいましょう。元素……収斂」


 続けて周囲の風の元素が闇色の籠手……上腕部に嵌められた傷のような装飾がされている透明感のある緑の連換玉に取り込まれていく。どうやら、師匠の身体を使っているだけあって、連換術の属性も『風』のようだ。


「……師匠の風の連換術なら熟知してる。——元素収束」


 翡翠の籠手に風の元素を取り込む。氷河の上で戦ってるだけあって、周囲のエーテル属性は水……それも限りなく純度の高いものだ。必然、この組み合わせで術を発動すればそれは間違いなく『冷風』になる。


 戦いの舞台の気温は確実に0度以下。身体を動かし続けていなければ、凍えて身体も思うように動かなくなる。なので、戦闘が始まってからも真っ黒いトレンチコートは羽織ったままだった。

 

 出来れば火属性のエーテルを取り込み身体を温める為に、『温風』を纏いたかったが背に腹は変えられない。離れた位置から何を連換するつもりなのかは知らないが、風で四肢を強化すれば距離なんて無いに等しい。

 

 静寂……。耳が痛くなるほどの沈黙の中、戦いの余波で壊れかけていた波打つ氷の塊にピシッとひびが入り音が鳴る————。


「元素解放!!」


「元素放出!!」


 俺とヴェンテッラが連換術を発動したのはほぼ同時。

 俺の身体を冷風が吹き抜け、体感気温がぐっと下がる。

 師匠が得意としていたのも、自らの身体を風で強化する連換術だ。

 だから、ヴェンテッラが発動した連換術もそうと思い込んでいた俺は、それが全く予期せぬものであったことに驚きを隠せなかった。


 風の勢いのまま奴に肉薄しようと駆けている最中、空気が一瞬薄くなった。

 

 周囲の大気を切り裂くかの如く迫るそれを察知し、前進する勢いを全力の横っ飛びに変える。

 左腕に装着した翡翠の籠手に、見えない刃のようなものが掠ったことが感触で分かった。

 もしあのまま全力で駆け続けていたのなら、首が落とされていたかも知れない——。


「外しましたか。野生の獣並の危険察知能力ですね?」


「今の風は————」


「圧縮させた風を刃に連換し飛ばしたものです。————東方には風の力を持つ化生がいるとか。それが転じて、人体を切り裂くほどのつむじ風を……『鎌鼬かまいたち』と呼ぶそうです」


 ヴェンテッラは素顔を隠したまま、こちらが焦る様子をつぶさに観察している。

 つまり……あいつは遠くからでも的当てのように、遠隔攻撃が出来るということか——。

 左腕を覆うコートの袖を見てみれば、鋭利な刃物で斬られたように一直線に線が入っている。

 見た目以上にこのコートは頑丈なようだが、もしこれが右腕だったらと思うと、安心なんて出来るはずも無い。


 鎌鼬か……ヴィルムの斬撃を飛ばす技に似てるが性質はそれと全く違う。

 実体を持たない刃……だ。食らったが最後、何処から斬られたかも分からないまま、斬り刻まれる嫌な光景が頭に浮かんだ。


「先ほどの威勢はどうしたのやら。——怯えて声も出ませんか?」


「チッ……。なら、風の刃なんて連換出来ない程の速さで……畳みかけるだけだ!」


 距離を取るのはまずい……。とにかく出来るだけ密着状態を作って、一気に勝負を決める……!

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