六十話 Six day 行方不明の風の連換術師
『——こちらからの連絡は以上です。カマル王子』
「了解した。忙しい中、こちらの手伝いまでしてくれて助かるよ。第七親衛隊のえーと」
明けて翌日。皇都東地区、連換術協会本部。
こちらは前日から行方不明となっているマグノリア支部所属のB級連換術師の捜索で朝から職員、本部所属連換術師達が召集されていた。北地区の異国通りから協会本部へ夜間向かっていたと思われるB級連換術師の所持品であるトランクが見つかり、近隣住民への聞き込みから黒髪の少年? が水路に降りるのを見たという目撃情報があったのである。
『これは失礼いたしました。先日より第七親衛隊配属になりましたリノ・クラネスです。以後お見知り置きを』
「クラネス? もしかしてマグノリア市街騎士団の元団長さん?」
『は、はい。そうですが……』
「なーるほどねぇ。汽車の中でグラナとヴィルム君が言ってたギャップが激しい騎士団長のお姉さんとは君のことかな?」
『な、なぜそれを……!?』
電話の向こうの凛々しい声の女性隊員が慌てる様が思い浮かぶようだ。なるほど、これはいじりがいがある可愛い子だねーと、非常時ではあるがカマル王子はニマリと意地悪く笑う。
二ヶ月前のエーテル変質事件の舞台となったマグノリアに滞在していた際も、何度かその名を聞いた優秀な女性騎士。女性でありながら練度の高いマグノリア市街騎士団を束ねる彼女の働きぶりを、街の皆が好意的に話していたことから人望があることは一目瞭然だ。
それほど有能なら親衛隊に異動になっても確かにおかしくは無いが、何故この時期なのか? という小さな疑問をカマル王子は抱いた。ささくれのようなチクリとした違和感ではあるが、無視していいものかどうか。
今はそんなことを気にしている場合では無いか……と、王子は気を取り直しクラネス親衛隊員にこちらの状況を伝える。
「ごめん、ごめん。話が脱線したね。いなくなった連換術師はこちらでも捜索開始する。皇太女の儀を明日に控えてのこの事態だ。これから先、何が起こるか分からない。第七親衛隊だけでも殿下の護衛に努めて欲しい」
『それは構いませんが——。隊の決定権は私にはありませんよ?』
「個人的なお願い……ならどうだい? ここだけの話、殿下には十一年前の紛争の一部始終を伝えてあるんだ。無論、
『……仰っている意味が分かりかねますが』
「殿下に直接聞くといい。今回の勲章の授与の件も全て殿下が取り決めたことだ。——貴女のお父上には僕も世話になったのでね。ささやかな恩返しというやつさ」
受話器の向こうから息を飲む音が聞こえる。カマル王子はクラネスの反応を伺った後、また何か分かったら連絡してくれとだけ伝えて、受話器を置いた。
「——公爵邸、第七親衛隊もかなり混乱しているようですな」
「無理も無い話さ。4日前のシエラさんの誘拐に続き、その師匠のグラナまで行方不明。勲章を授与されるはずの英雄が所在不明なんだからね。——何事も無ければいいけど」
協会本部の二階、王子に用意された執務室。その従者であるジャイルは勇ましい風貌に似合わない難しい顔をしていた。普段はもの静かな研究フロアも今日ばかりは慌ただしく職員達が駆け回っている。皇都内を血管のように張り巡っている水路の各地点で次々と異常なエーテル数値が判明したのだ。加えて例年以上に平均気温が高い状況が続いており、流れが緩やかな水路ではゆだるほど温度が上昇している。
異常としか思えないこの状況下ではあるが、やる気を出した元司祭グレゴリオの指揮の元、連換術協会として本分をなんとか全うしようとしてるのが今の現状だ。
「若、此度の一件は祖国であの悲劇を起こした者達がこの帝国でも、暗躍しているということでしょうか?」
「さてね。だが、マグノリア、そして皇都と聖女に縁のある地で何かが起きようとしているのは、間違い無いだろう。問題は連中の目的が全く見えてこないことだ。なーんか掴みどころが無いというか躍らされてるというか、気持ち悪いんだよねぇ……」
思えば連中の行動には一貫性が無い。マグノリアには聖女の子孫を過激派に指示して、聖地から誘拐も同然で連れて来させ、この皇都では逆に大勢の前で拐ってみせる。
そんなことをせずともそこまで重要であるのなら、最初から籠の鳥よろしく囲っておけば良いだけの話だろう。つまり、ある時点まではそこまで価値の無かった聖女の子孫が、何かをきっかけにして手元に置いた方がいいと判断されるに至ったと考えるべきなのかもしれない。
問題はそのきっかけが何だったのかであるが、これはもちろん一つしか無い。
(つまり……
だが、そう考えるとある程度の理由は付けられる。もし、秘密結社の目的がシエラの聖女としての力を必要としているのなら尚更だ。マグノリアの地下深くで見つかった礼拝堂には現存する東方巡礼図、そして『災厄』の真相を描いたという今まで確認されなかった八枚目の図が見つかったという情報も入っている。
(十一年前のヒエロ・ソリュマの帰属問題を発端にした宗教紛争。マグノリアのエーテル変質事件、そして皇都で起きようとしている何か……。全て東方巡礼図で描かれている地で連中は事を起こしていると仮定するなら……。次に何か起きそうな場所は精霊教会の聖地『グリグエル』ということになるねぇ)
真実に至る思考かどうかは分からないが、無視することも出来ない分析であるのも確か。
この一件に決着が着いたら改めて考え直してみようと、カマル王子は心に留める。
「ジャイル君。ビスガンド公爵閣下からの返答はまだ来てないかい?」
「今朝方、電信が届いております。こちらは任せると短い一文のみですが」
「結構だ。地の理は悲しいかな、祖国の王都ほど詳しくは無いからね。不足の事態ではあるけど僕達に出来る事をするしか無いだろう」
「若はこの協会本部で指揮を取ると?」
「いや、まだ慣れて無さそうだけど元司祭の働きぶりはかなりのものだよ。恩師の死を告げられて泣き寝入りをするかと思ったけど、中々どうして反骨精神に溢れてるじゃ無いか。首尾よく行けば裁判で恩赦を得られるのも無くは無いだろう。そうしたら名実、共に協会長を任せられるね」
「連換術協会『ラサスム支部』を作る為とはいえ、若も随分と無茶を為される」
「彼ほどじゃ無いとは思うけどねぇ——。ん?」
その時、窓の外からバサバサと鷲のような大きな鳥がこの二階の部屋目指して飛んでくるのが王子の視界に映った。慌てて、窓を開け放ちラサスムからの長旅から帰ってきた相棒を迎え入れる。砂漠の守護者とも呼ばれる幻鳥類に属するルフは、王子の肩に止まり木よろしくその足の爪を食い込ませるとじゃれるというより、殺意を持って王子が頭に被っていたクーフィーヤを啄み始めた。
「痛い!? 痛い!? 何するのさ!? アルタイル!?」
どっちが主人か分かりやしない、王子とルフの命をかけたやり取りが続く。一頻り暴れて満足したのかアルタイルは翼を畳み、執務室内に敷いてある柔らかい絨毯の上で丸まり眠ってしまった。
クチバシによる情け容赦無い啄みで穴だらけになったクーフィーヤを脱ぐと、王子はそれをゴミ箱に投げ入れる。服に付いた羽毛を払い落とし、アルタイルの足に巻きつけてある紐を解いて、括り付けられていた手紙に目を通した。
「——長旅、ご苦労さんアルタイル。おおー流石は親友、あれだけで全て通じたようだ。殿下から要請のあった援軍は既に秘密裏に皇都に到着させてくれたか。手際が良くて助かる……何だって——」
手紙を掴んだままカマル王子はワナワナと震え始める。そのただならぬ様子にジャイルはどう声を掛けて良いのか分からない。
「ジャイル君……」
「若? 何かあったのですか?」
「——父上が……亡くなった」
「なっ!? 何ですと——」
端的に告げられた訃報に、普段は冷静なジャイルも流石に言葉を失った。
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