四十八話 ドレスアップ
夕方。皇都
「燕尾服なんて普段は着ないからなー⋯⋯」
「おかしくは無いわよ? たぶん」
同じくドレスアップしているルーゼが、まるで不慣れな弟を持つ姉のように俺の服装に乱れが無いか確認してくれる。かなりの至近距離で普段は見ることのない幼馴染みの貴婦人のような姿に、何故か緊張しっぱなしだった——。
数時間前、レンブラント商会皇都中央支店に集合した俺達はソシエの手配で準備された、歌劇場用の服装に着替えていた。普段は袖を通すことが無い黒い燕尾服は、歳の割には童顔な顔つきも相まって完全に浮いた姿の俺が鏡の向こうから見つめ返していた。
壊滅的に似合って無いぞ⋯⋯。蝶ネクタイとかしたらまんまガキだな——。
男にしては低めな身長も相まって、初めて正装する少年のようだ。市街騎士団でも団員服を着ていたときは随分と奇異な目で見られたことを思い出す。まだ、そこまで仲がよく無かったクラネスに「子供が騎士ごっこしてるようにしか見えない」と、随分と呆れられたものだ。
いつまでもぼやいていても仕方が無いので重い足取りで試着室を出る。
歌劇場内に入るのは俺、アクエス、ルーゼ、ソシエの四人。
作戦としては四人で歌劇場へと入り、オペラの終了後にソシエのコネでセッティングしてもらったという体裁で、ローラ・カエルムのファンとして直接会う段取りを予定している。
オペラなんて今まで一度も観賞したこと無いので、上手くファンを装えるのだろうか不安ではあるけれども。
それにしても遅いな? 三人共。着替えにそんなに時間がかかるものなのだろうか?
手持ち無沙汰に懐から懐中時計を取り出して時間を確認しようとした時だった。
「⋯⋯お待たせ、グラナ」
後ろから声をかけられて顔を上げる。くるりと振り向いた先には、お貴族様の社交界の場にいてもおかしくないドレス姿の幼馴染みがそこにいた。
「変⋯⋯じゃ無いよね?」
「全然⋯⋯見違えたよ」
全体的に淡い黄金色の光沢を放つワンピースドレスはルーゼの栗色の髪と良く似合っている。
薄いピンクのショールが落ち着きを演出し、彼女の活発そうな印象を控えめにしている。
大人びた印象を与えるのは顔に施した化粧もそうだ。
孫馬鹿だったケビン爺さんに見せてやりたかったな——。爺さんもさぞかし立派になったルーゼの姿に感慨もひとしおだったろうに⋯⋯。
「良かったー。こういう格好は普段しないから自信なくって」
そうか? 仕事場でもお客さんから人気あるんだから、自信持っていいんじゃ⋯⋯。と、思っていても口には出さ無かった。いくら、鈍感と揶揄されようがこれぐらいは分かる。
幼い頃からの付き合いがある幼馴染みがどう思っているのか。それを察せないほど鈍い訳ではない。
けれど、俺に果たしてその想いに応えられる資格があるのだろうか?
セシルから聞いた『精霊の落とし子』という存在。レイ枢機卿から告げられたとある事実。
故郷のミルツァ村が『異端狩り』にあった原因が俺であるのなら、ケビン爺さんが命を落としたのも——。
『五年前、あの村には教会が欲する『精霊の落とし子』と呼ばれる者が二人いたようです』
不意にあの時セシルが話してくれた内容が頭の中に蘇る。確かあの村には精霊の落とし子が二人いた⋯⋯と。じゃあ、もう一人は誰なんだ?
「⋯⋯グラナ? どうしたの? 怖い顔してるけど」
「え⋯⋯。いや、何でも無い。それより、遅いなソシエ達」
露骨に話題を変えてみるが、聡い幼馴染みには通用しないようだ。ルーゼに覗き込むように顔を凝視されて冷や汗が出る。化粧で普段とは違う雰囲気を纏ってることもあり、慣れない香水の甘ったるい香りが鼻腔をくすぐった。
「——グラナ、あたしに何か隠してることない?」
「は? いきなり何を言って——」
「あんたの考えてることなんてお見通しよ。何年、幼馴染みやってると思ってんのよ? それに一昨日は帝城にお呼ばれしてたんでしょ? ——セシル殿下と何を話されたの?」
誰から聞いたのかというのは聞くだけ野暮か——。クラネスはそもそも知っていたようだし、今やビスガンド庭は第七親衛隊の作戦本部だ。客人扱いのルーゼが何処かで伝え聞いててもおかしくは無いが——。
だけど、あの場で聞いたことを全て伝える訳にはいかなかった。どの道、皇太女の儀までにシエラを奪還出来なければ俺の身柄は教会預かりとなることが、レイ枢機卿によって宣言されている。期限までもう二日を切った。二日後には知れ渡ることととは言え、余計なことを言って心配をかけるのも気が引ける。だから——————。
「お待たせしましたわ、二人共」
「⋯⋯ん。遅くなった」
丁度いいというか、間が悪いと言うべきか分からないが、同じようにドレスアップしたソシエとアクエスが試着室から出て来た。二人の服装もとても素敵ではあるのだが、先に出てきたルーゼのドレス姿に身惚れていたこともあって、何故か見劣りするようなそんな失礼なことを、つい思い浮かべてしまう。本当、どうしてしまったのだろうか⋯⋯俺は。
(反応が薄いね?)
(普段は着飾ることの無いルーゼの姿に見とれていたのでしょう。⋯⋯それにしては、様子が少しおかしいですけど)
二人が何やらヒソヒソと内緒話をしているが、全く気にならない。
ただただ、自らの内に湧き上がった何と形容すれば良いのか分からない感情に⋯⋯俺は戸惑いを隠すことが出来なかった。
「とりあえず準備はこれで整いましたわ。三人共、そろそろ向かいますわよ、帝立歌劇場へ」
こうして、それぞれ着飾った俺たちはソシエの先導の元、今宵くだんのオペラ歌手が主演を務める演目『ローレライ』の観賞と歌手に接触する為、帝立歌劇場へと急いだのだった。
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