第29話:橘友梨佳編「ふたりでひとりになれ」

【橘友梨佳視点】


「あたたた。まったく、ちょっとは手加減せぇや。うちはモンスターやのうて、か弱い女の子なんやで」


 そう言いながらもタイガー君は何事も無かったかのように立ち上がり、ジャージに付いた砂ぼこりをぱんぱんと払い落とした。

 背中とはいえ彩の一撃をまともに食らったんだけどな……多少の強がりはあるだろうけど、やれやれ、とんだタフネスぶりだ。


「そやけど今の攻撃は良かったで、おふたりさん」

「……これでもまだ滋賀県に帰れって言うつもり?」


 彩が竹刀の先を地面に押し当てて、勝ち誇ったかのような視線をタイガー君に向ける。


「いいや。さっきは……ああ、ちゃうな、色々言ってすまんかったわ。堪忍してや」

「へ?」


 でも、タイガー君が素直にも頭を下げて謝ったので、彩は戸惑いを隠しきれない。

 彩としてはいいのを一発入れたのを機に、これまでの鬱憤を一気に晴らすつもりだったんだろうね。それだけにこのタイガー君の反応は思ってもいなかったみたいで、こういう想定外のことに弱い彩は逆にオロオロし始めた。


 そしてほら、僕に助けてと目で合図を送ってくる。

 うーん、最近は生徒会長としての威厳が板についてきたけど、こういうところはまだまだだなぁ。

 

 まぁ、そこがまた可愛いんだけどね。

 仕方ない、助け船を出すか。


「大丈夫だよ、タイガー君。君がわざとボクたちを煽るようなことを言っているのは分かっていたさ」


 はい彩、そこで「ウソっ!?」て目を見開くのはみっともないからやめなさい。

 そもそもタイガー君の立場や言動を振り返ってみれば、その真意は明らかじゃないか。

 

 強豪放課後冒険部の主将を務める彼女にとって、僕たちがどれだけ本気かはまず最初に確かめる必要があった。

 もし僕たちが遊び半分な気持ちなら、部員に悪影響を及ぼしかねない。それこそ滋賀県に追い返さなければならなかった。

 だから彼女は現状の僕たちが抱えている問題点を指摘してみせた。

 厳しい現実を突きつけ、それでもなお僕たちに前へ進む覚悟があるかどうかを推し量っていたんだ。

 

「あー、やっぱりあんたには見破られてたか。さっきの挑発にも全然乗ってこうへんから、そうやろなぁとは思っとったけど」


 タイガー君が照れくさそうにボリボリと頭をかく。


「わ、私もそれぐらい分かってたし」

「嘘つけ。あんたは思い切りうちの挑発に乗って来とったやんけ」


 タイガー君のツッコミに彩が「うっ」と言葉を詰まらせた。

 うん、今のはどうして行けると思ったのか、僕にも分からないよ、彩。


「まぁ、それはともかくや。友梨佳さん、やったっけ? あんたみたいなのが琵琶女にいてホッとしたわ」

「うん、どういう意味だい?」

「あんたんとこの相田千里な、あいつは危険や」

「……それは単に魔力が強いって意味だけじゃなさそうだね?」


 タイガー君が小さく頷いた。

 

「話は全部琴子さんから聞いとる。あいつが早朝のダンジョンに潜ろうって言ったことも、そしてそれが原因で学校と杏奈を異世界ダンジョンに奪われたと自責の念を持っていることも」

「そうよ、だからあの子はあんなに必死なの。頑張るのが苦手だって言ってたのがウソのように」


 彩が先ほどまでとはまた違う苦しさに表情を歪め、胸の内を吐き出した。

 

「目標意識を強く持つのはええことや。そやけどそれも度が過ぎると時に暴走へと繋がる。しかもあれほどの魔力の持ち主や――琴子から聞いたで、あいつ、杏奈を捕獲した奴と対等に戦いよったそうやな?」

「うん。対等どころか、最後の方はむしろ圧倒していたよ。光魔法を充填させた杖を投げ飛ばしたんだけどね、モンスターは幾重もバリアを張り巡らすほどに防御一辺倒だった」

「そんな奴がプッツンしてみいや。大変なことになるで。そやからいざとなれば万女で預かって、うちがあいつを制御したらなあかんなと覚悟しとったが……まぁ、あんたなら問題ないわ。安心したで」


 あー、そういう目的もあって僕たちを試していたのか。

 改めてタイガー君には色々とお世話になってしまったなと痛感し、言葉に詰まる。

 

「当り前よっ! それにお姉さまだけじゃない。私だって千里の先輩としてあの子を支えるもの。そして私たち全員で琵琶女を、杏奈を取り戻して見せるわっ!」


 そんな僕を代弁してか、彩が力強く言い切ってくれた。

 

「そやな。友梨佳さんの冷静さと、あんたのそのアホな勢いがあれば大丈夫やろ」

「ちょっと! アホな勢いってどういう意味よっ!?」

「そのまんまの意味や。冷静に手綱を握るだけではあかん、時にはアホみたいに勢いをつけてやることも必要ってことや」


 またまたタイガー君と彩の間に不穏な空気が流れ始める。

 が。


「ええか。あんたはな後先考えずアホみたいに攻撃してこそ、あんたも、そして周りも本当の力が出せるんや。さっきのも踏み込みに迷いがなくて良かったで。ああいう攻撃が異世界ダンジョンでも出来るようになったら、あんたも強うなれるやろ」

「え? な、なによ、急に……」

「あんたは自分の魔力の低さを心配するあまり、攻撃にキレを失っとるねん。おそらくは被弾してすっぽんぽんになったらみんなに迷惑をかけてしまうって思っとるんやろ。だから攻撃が縮こまっとるんや」


 タイガー君の言っていることは正しい、と僕も思う。

 だけどこの話を聞いて彩の顔が途端に引き攣っていくのが、僕には見なくても分かった。

 だって彩もそんなのは十分に分かっているのだから。

 そしてそんな不甲斐なさを克服するために、彩は毎夜こうして懸命に訓練を重ねているんだ。


「あんたはもっとアホになり。後先なんか考えないアホに」

「……そんなの、なれるわけないじゃないッ!」


 タイガー君のアドバイスに、彩が悔しさを滲ませて言葉を絞り出した。

 

「あんたの言う通り、私は魔力が極端に少ない。本来なら放課後冒険部で活動出来るレベルじゃないわ。それでも私はファイターとして戦うことに決めた。そんな我が儘を押し通した私が後先考えない無茶な行動をして、結果、あっさりすっぽんぽんになっていいと思う? そんなわけないじゃないッ! 私には自分の責任を全うする義務が」

「義務て。あんた、政治家かなんかか?」

「茶化さないで!」

「そんなん無理やろ。普通のJKが義務なんて大層なことを言っとるんやで? ツッコミ待ちとしか思えへん」


 そう言いながら「あかん、今頃になってツボにハマってきおったわ」と大袈裟に笑い始めるタイガー君に対し、彩はますます感情を昂らせて顔を紅く染め上げていく。

 おーい、彩。僕、さっき言ったよね。タイガー君の挑発的な言動は全部わざとだって。今だって何か魂胆があってあんなことを言ってるんだって、いくら君でも分かるよね?

 

「……分かったわ」


 よかった! さすがは僕の彩、分かってくれたか!

 

「あんた、もう一度痛い目にあいたいみたいね」


 違う、そうじゃない! そうじゃないよ、彩!

 

「お、やるか? ええでー、うちは何ラウンドでも付き合ったるでー」


 ちょ、タイガー君もなんでウキウキで受けて立つんだ?

 君、一体何がしたいの!?

 

「あー、もうふたりともやめたまえ。彩、落ち着いて。どうどう」

「落ち着いてます! てか、どうどうって私は馬ですかっ、お姉さま!」

「落ち着いてないでしょ。てか、普段はしっかりしてるのに、どうして感情的になるとそう猪突猛進になるんだい?」

「馬じゃなくて猪!? そんな酷い、お姉さま!」

「うええ? そんな言葉の綾を取られても」

「牛や猪じゃ虎には勝てないじゃないですかっ! ここはライオンとか龍とかにしてくださいよっ!」

「えええっ!? そんなことに怒ってたのかい!?」


 あ、ダメだ。これは僕でも抑えきれない。

 

「ぶあっはっはっは! ええなー、あんたら最高や! 万女うちやのうて吉本に行った方がええんとちゃうか?」

「ちょっと、タイガー君も笑ってないでなんとかしたまえ。このままでは本当にさっきの続きをやることになるぞ」


 それは君も本意ではないだろ?

 

「そやからうちは幾らでも付き合うてやる言うてるやん」

「それは売り言葉に買い言葉って奴じゃなかったのかい!?」

「うちはいつだって本気やで。さっきのは痛かったさかいな、こっちも一発お返ししたらなあかん。それに」


 タイガー君がぐりぐりと右肩を回し、戦闘態勢を整えながら言った。

 

「あんたらは最強の矛と最強の盾とはいえ、まだまだ未熟やからな。鍛えたらなあかん」

「最強の矛と盾?」

「そや。矛盾って言葉があるやん。あれって最強の矛と最強の盾を戦わせたらどうなるんやって話から来とるそうやけど、うちは以前から疑問やってん。なんでそのふたつを戦わせる必要があるん? そこは素直にふたつとも装着しようやないか、って」


 そうすれば最強の戦士の誕生やんと鼻息荒く語るタイガー君に、彩は訝しげな表情を浮かべるものの、僕には彼女が何を言いたいのかなんとなく分かった。


「つまり君はボクたちふたりでひとりになれ、と言いたいのかい?」

「そや」

「そんなの、言われなくても前からやってるわよ。私とお姉さまのコンビネーションは抜群なんだから!」

「でも昼間の戦いでは出来てへんかったやん」

「それは敵が三匹もいたから」

「それで個別対処して、けちょんけちょんにされとったやんか。もしあんたらふたりがコンビで対応しとったら、もっとまともな戦いになったはずやで。違うか?」


 問われて僕たちは返事を詰まらせた。

 確かにそうかもしれない。

 あの時は敵の素早さに翻弄されて思わず前線の三人を別々に分けてしまったけれど、その結果、彩は本来の動きを発揮できず、僕もまた攻め手が無くて苦労した。


 もし二匹を分身したつむじ君に任せて、僕たちふたりで一匹に応対していたら、上手くすればさっきのタイガー君との戦いのように一太刀浴びせられたかもしれない。

 

「あんたらはひとりだと半人前、そやけどふたりが完全に一心同体になればその戦力は二人分を軽く凌駕する」

「一心同体……」


 タイガー君の言葉の一部を彩が繰り返した。

 

「そやからこれからは身も心もひとつになって戦うんや」

「身も心もひとつ……」


 彩が顔をほんのり上気させて僕に視線を投げかける。

 あ、目がやばい。

 

「そのためには日頃から常に行動を共にし」

「常に行動を共に」

「健やかなる時も、病める時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、その命ある限り真心を尽くすことを?」

「誓います」

「いや、誓わなくてもいいし、てか途中から完全におかしいうわっ!」


 反論、反抗、反撃の暇すらなかった。

 鼻息を荒くした彩が目の前で突然しゃがみ込むと、両足と腰に手を伸ばし、問答無用で僕を持ち上げる。

 そして「今日の訓練はここまで! お疲れ!」と彩はタイガー君に別れを告げると、僕をお姫様抱っこしながら一目散に寮へと向かって猛ダッシュ。

 そんなに急いだら危ないよ、彩! ていうか、今は君の方が僕にとってはデンジャラスだよっ!

 

「あー、明日もダンジョンに潜るんやからほどほどになー?」 

「だったら彩をけしかけるのはやめてくれないかーっ!」


 暴走状態の彩を相手に無事明日を迎えることが出来るのか、そんなのはまさに神のみぞ知るだった。


【橘友梨佳編 完】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る