第82話 名残。
俺が返事をすると扉を開けてから驚いたように俺を見た親父。すると慌てて俺の側に寄り
「蒼汰、どうした? なにかあったのか? 」
と声をかけてくる。
「ん? 考え事してて悩んでただけだけど……親父こそどうした? 」
俺はそう返すと
「馬鹿、鏡を見てみろ。顔が真っ青になってるぞ」
親父がそう言うので机の上にある鏡を取り俺の顔を覗いてみると、昔良く見た俺の顔に似ているように顔が真っ青になっていた。
「はは、昔縮こまっていた頃の俺の顔に似てるな」
母親に突き刺さる言葉を突き出されしばらく部屋に籠もっていた頃の俺に似ているなってそう思えるほどに。
「さすがに俺も昔を思い出したよ。なあ蒼汰。何かあったんだろ? あっとりあえずこれ舐めろ」
親父は心配してそう聞いてくる。そしていつもの飴ちゃんを俺にくれる。飴ちゃんを舐めたせいか少し落ち着いた俺は思う。さすがにこの顔を見られたんじゃ隠しても隠しきれないなと。なので、俺は親父に話してしまおうと思うのだが、その前に
「ここじゃなんだから台所の方に行こうか? 親父、飯まだだろ? 」
と親父に告げる。
「飯なんて後で良いんだが……そういうなら行こうか。飯がひとつしか用意されてないから蒼汰になにかあったのかと思って来てみれば……よかったよ」
と親父はそう言って俺が心配なのか俺を支えて台所へと向かっていった。
俺は台所に着くと親父に大丈夫だからと告げ一人で立ち夕食の用意をする。俺は食べる気が全くしないので親父の分だけ。親父は自分でするからと言うがいつもしていることだ、座って待っててと告げて椅子に座らせる。
あらかた準備は済んでいるわけで、少し炒めるものとレンジでチンだけなんだから。ご飯も保温しているしね。
机に食事を並べ冷蔵庫から缶ビールを出して親父に渡す。大事な話だろうからいらんと言うけどそこまで深刻な話じゃないから普段どおりでいいよと親父を諭す。
ならと親父は缶ビールを受け取り栓を開けくいっと一口。そこから俺は親父に悩んでいることを話していった。
「悩みはわかる。でもな、どこかを諦めなければ絶対に解決できないな。それは」
と親父は言う。うん、俺もそれは分かっている。分かっていて選べないんだ。
「おし、話していこうか」
そう言って親父は続けて話し出す。
「お前はどっちを選ぶ? お前自身か彼女たちか? 彼女のどっちかを選べってことじゃないぞ。お前か彼女たちかだ」
俺はすぐに
「どっちを選ぶかなんて決まっている。優先は彼女たちだね」
そう答える。すると親父は
「なら二股だの世間体だのそんなのクソ喰らえって捨てちまえ」
なんて言ってきた。いや……それで良いのか?
「なんか困った顔をしているな。まあ親がこんなこと勧めるのも変だとは思うがな」
そう言って笑う親父。そして続けて
「それが無理なら蒼汰がどちらかを選ぶまでふたりに我慢してもらうしかないぞ。そしてどこまで我慢してもらう? キス? 手を繋ぐ? その時まで会わない? これは難しい選択だぞ」
親父は素面に戻してそう言った。
「蒼汰は彼女たちを優先するんだろ? 彼女たちの望みを叶えたいんだろ? そう考えるなら俺としては常識なんて捨てるしかないと思うがな。まあ相手の親から何を言ってるんだって俺は怒られるだろうな」
そう言って缶ビールを
「蒼汰はさ。話を聞いた時母親の影響が残ってるんじゃないかって思ったよ。蒼汰は相手から受ける愛情? 思慕? そういうものを失うのが怖いんじゃないかなって。母親から失ったときのように。だから関係が薄いときの美樹さんだったか? その告白には断ることは出来たけれど今のふたりにはできなくなっているんじゃないかって……ね。はぁ……どこまで蒼汰をいじめれば良いんだかね。あの母親は」
親父はそう言ってからビールを一気に飲み干した。それを見て俺は冷蔵庫からまた缶ビールを一本出し親父に渡してやる。親父は「ありがとう」と栓をあけまた一口。
「いくら悩んでも多分今の蒼汰じゃ答えでないぞ。自責に押しつぶされるだけだよ、きっと。彼女たちを優先する気持ちならもうふたりを大切にすることだけ考えろ。それ以外は考えるな。自分で気持ちが保てないなら俺から言われたってことにしていいから」
と親父はそう俺に告げるのだった。
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