第357話忙しい麗は、葵に蘭の服購入の付添を頼む。

万葉集講師の中西彰子との話を終え、麗と葵は、学食で昼食。

麗は、それほど食欲がないらしく、ざるそば。

葵もそれに合わせようと、同じもの。


麗は、そんな葵に申し訳なさそうな顔。

「もう少しボリュームがあるものを」

「気にしなくていいのに」

葵は、とても「はい、わかりました」とは言えない。

「いえ、たまには、ざるそばも」と、そばをすする。


それでも、葵は麗に聞きたくなった。

「さきほどの中西先生とのお話の中で、笠女郎が出ましたけれど」

「それもお書きになるのですか?」

麗は、目を丸くして、首を横に振る。

「いや、とんでもない、そんな時間はありません」

「確かに興味ある歌人ですが、式子内親王様も源氏もありますし」

「京都に戻れば石仏の話も」


葵も麗の反応に安心する。

確かに都内の大学生をしながら、週末には京都に戻り、九条の次席理事としての対応、それに加えてブログや本の共著の話もあるのだから。


ただ、麗は目の前の葵には言えないことがある。

それは、九条家の次席理事の仕事や執筆に加えて、関係筋の娘や、様々な京都の人々と良好な関係を築くべく、それなりの交際を始めなければならないということ。

「まだまだ、京都では新参者、地位は高いだろうけれど」

「人にお世辞を言うのも、言われるのも、実に苦手で似合わない」

「そうかと言って、それができなければ、どんな陰口を言われるかわからない」


少し考え込んだ麗を、葵は何とか気分を変えさせようと思った。

その顔を明るめにして、麗に声をかける。

「ところで麗様、明日の蘭ちゃんのお話」


麗の表情が少しやわらぐ。

「ああ、そうだった」

「ちゃんとお礼できるのかな」


葵は、少し笑う。

「いや、大丈夫です」

「アパートで見かけても、いつも笑顔で挨拶」

「可愛いです、ほんま、妹に欲しいくらいで」


麗は、眉をひそめる。

「あんな、肉団子みたいな蘭を?」


葵は、麗の表情と言葉に、ふきだしそうになる。

「麗様、それはいけません」

「肉団子って・・・確かにふくよかですが」

「お肌もピチピチできれいで」


麗は、返事に困る。

「うーん・・・そう?」

「食いしん坊で、やかましくて、泣き虫としか」


「美幸さんも、蘭ちゃんが可愛くて仕方なくて」


そこまで話が進んだ時点で、麗は大旦那からもらったお金を思い出した。

「葵さん、お願いがある。これは是非」


葵の目が丸くなる。

「あら、何でしょう」

麗は、申し訳なさそうな顔。

「実は、大旦那から蘭の服を買えと、お金を渡されていて」

「できれば、それに付き合ってあげて欲しい」

「どうも、男なので、そういうのは苦手で」


葵は、そんな麗が面白くて仕方がない。

「はい、承りました」

「では早速、蘭ちゃんと。そうですね、美幸さんにも連絡を取って」

「吉祥寺かな、近いですし」


そして、麗の顔をじっと見る。

「麗様も、そう言わず、ご一緒します?」


麗は、思い切り首を横に振っている。

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