第356話涼香と九条家の定例報告会議 麗は笠女郎に強い関心
翌朝、麗が大学へ登校のため家を出ると、涼香は京都九条家にテレビ会議システムを使い、定例の報告を行う。
涼香
「全て無事に、予定通りとなっております」
茜
「食欲はどうや?昨日のお昼は半分も残したけど」
涼香
「全く問題はありません、昨晩はステーキ、朝はトマトチーズリゾットを完食なされました」
五月
「ありがとさん、少し安心や」
「昨日みたいな食事やと、京の夏は乗り切れん」
涼香
「銀行の直美さんとの話も心よく、受けていただいて」
茜
「それも助かった、どうも直美さん、出遅れ感があって、必死やったから」
五月
「まあ、あの四人の中で、冷静なタイプは銀行の直美さんと不動産の麻友さん」
「葵さんは、思いは強いけど、麗ちゃんは強すぎると引く」
「詩織さんは・・・どうやろね・・・空回りしとる、麗ちゃんには合わんな」
涼香
「時折、本当に悩まれることがあるので、それを包み込めるお方がいいなと」
「あまり面倒をかけて、麗様を振り回すような人は、あかんと思います」
「とにかく忙しい麗様なので、癒せるお方かなあと」
茜
「うちもそう思う、能面で少し冷たそうな感じやけど、実は相手を深く心配する」
「あの詩織さんも、素の顔にしてしもうたしな」
五月
「麗様は他には何か?」
涼香
「はい、銀行の直美と話をする際にと」
「融資をする対象として、不誠実な商売をしているところよりも、懸命に京の伝統を守っている人にと」
茜
「確かに、どこで作ったものかわからんものを安く仕入れて、それに京都とか西陣とかシールを貼って、高値で売っとる店も多い」
「事情を知らん外国人とか観光客目当てやけど」
「宇治の玉露とはなっとるけど、中身は中国産とか」
五月
「麗ちゃんのことやから、それも慎重にやるはず」
「あまり急にやると、それはそれで混乱を生む」
「まあ、酷い店を二つ三つあぶりだして。見せしめに・・・」
涼香と京都九条家が、そんな話をする中、麗は葵と中西彰子の万葉集の講義を受けている。
今日の講義内容は、笠女郎の恋歌。
笠女郎が大伴家持に、ほぼ一方的に贈った恋歌が次々に詠まれ、解説されていく。
葵は、何とか麗に話しかけたいけれど、麗があまりにも集中して聞いているので、とても無理、結局、講義が終わるまでは無言を貫くしかなかった。
講義が終わると、麗は申しわけなさそうな顔。
「葵さん、何か話があったのかな」
「笠女郎って、すごく興味がある歌人なので、聞き漏らしたくなくて」
「それから、中西先生に、笠女郎の本を紹介してもらいたいなあと」
葵は、ようやくその顔を明るくする。
「はい!それでは先生のところへ」
麗と葵が揃って、万葉集講師中西彰子の前に行くと、中西彰子も待ち構えていた。
「麗君は来ると思った」
麗は、珍しく照れ笑い。
「はい、笠女郎は、万葉集中で額田王とか坂上郎女とも匹敵する女流歌人」
「でも、その中で、恋の思いの強さは、可憐、別格、とても好きな歌人なので」
「よろしかったら名訳とか、解説書を紹介して欲しいなあと」
ただ、中西彰子は難しい顔。
「いや、それが少ないの」
「私も、探すけれど、女流歌人の中の一人扱いで」
「もともと、歴史的な資料に残っていない女性、身分も高くはなく」
麗が残念そうな顔をすると、中西彰子は含み笑い。
「いいじゃない、麗君が書けば?」
「式子内親王様の歌で、あれほど書けるんだから」
「笠女郎も、書いて欲しいって言うかも」
麗は「はぁ・・・」とぼんやり答えるけれど、いつものような冷たい顔ではない。
むしろ、その目に光が宿っている。
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